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0勝1敗
俺たち夫婦は君の勝利と俺の敗北からその歴史が始まった。
交際5周年記念日のデート。ちょっと奮発して予約した、東京湾クルージングディナーでのこと。
フランス料理とかいう馴染みのないものを悪戦苦闘しつつなんとか堪能し、「難しかったね」なんて笑い合いながら心地良い潮風に当たっていたところ、不意打ち気味に君は切り出した。
「光平くんのことが好きです。愛してます。私と結婚してください」
「……先に言われちゃったか。プロポーズするなら、俺からだと思ってたんだけどな」
「早い者勝ちだよーだ」
君はへへんと大袈裟に胸を張った。
お互い社会人になって3年目の秋。そろそろとは思っていたけれど、どうやら君の勇気の方が俺のそれよりも上だったみたいだ。
好きな気持ちでは絶対負けてないんだけどなぁ……若干の悔しさと大きすぎる喜びを感じながら、謹んで勝者のご尊顔を拝見する。
君は笑っていた。
まるで銀河の如く黒と煌めきに埋め尽くされた夜景をバックに、チャームポイントの八重歯を剥き出しにしながら、子供みたいに無邪気な笑顔が咲いていた。
まさに天文学的可愛さ。この素敵な人が今俺の妻になりたいと言っているんだと思うと嬉しすぎて、プロポーズで先を越された悔しさなんてどうでも良くなってしまう。
なんて思っていたのに。
「じゃあ、先に切り出した私の勝ちってことで、勝利報酬を頂こうかな」
勝利報酬!? そんなのがあるなんて聞いてないぞ!
やっぱり先に言うべきだった、と先ほどまでの考えを即撤回する俺。今までも何かにつけて勝負にしたがる君だったけど、報酬を要求されたのはこれが初めてだ。
身構えて待っていると、君は頬を少し赤く(暗いから分かりにくいけどたぶんそう)染め「返事が欲しい。出来れば、良い方の」と小さな声で言った。
なんだ。そんなものでいいのか。
俺は安堵とともに、自分の中でとっくの昔に固めていた覚悟を一応再確認するが、するまでもなかった。
君に捧げる報酬なんて最初から一つしか用意していない。
「俺も真紀が好きです。愛しています。俺で良ければよろしくお願いします」
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