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「ねえねえ、ピザ食べたい!」
「……! ……また急ね、どうしたの突然」
久しぶりに自宅で過ごす休日。ぼんやりとつけっぱなしのテレビを見ていたところに、不意に後ろから声を掛けられわたしは振り向く。
彼がソファー越しに顔を覗かせて、テレビを指差していた。どうやら特集されていたピザがお気に召したようだ。
「ピザのあの栄養とか健康を一切考えない美味しさだけで勝負してる感じがとても好き」
「……褒めてるんだか貶してるんだか分からない言い種ね」
「とろーりチーズとトマトソースで手をべったべたにしながら、カロリーも気にせず掻っ食らいたい」
「べったべたになられても困るんだけど……まあ、いいわ。しばらく食べてなかったし、たまには宅配ピザでも頼みましょうか」
「やったー!」
彼の子供のようなリクエストに溜め息混じりに頷けば、わたしは早速出前のチラシを漁ることにした。
もう随分食べていない。ファイルに挟んでいたそれはそれなりに古い物だったけれど、まあ、定番メニューなら変わらずあるだろう。
わたしは近場の宅配ピザ屋に注文の電話を入れながら、そわそわと浮き足立った様子の彼を横目に見る。
「マルゲリータSサイズ一枚お願いします」
「えー? 大きいの食べないの?」
「食べきれないでしょ」
「ちぇ、まあそっか……」
無事注文を終え、ピザが届くまであと三十分弱。
彼はそれまで、待つことが出来るだろうか。
「……ごめんね。僕が生きてたら、パーティーレベルのでっかいのも二人で食べきれたのにね」
「あなた、本当にジャンクなの好きだったものね……」
つい先日用意された遺影の前、浮き足立つどころかふわふわと浮いた彼が、先程より姿を薄れさせながら寂しそうに呟く。
「きみは元から少食だもんね……近頃は、全然食べてないみたいだけど」
「……お供え分のピザも、わたしがあとでちゃんと食べるわよ」
「んん……頼んでおいてあれだけど、君は健康を気にして、しばらくこっちに来ないでね! ピザだけじゃなくてご飯もちゃんと食べてね!」
「……今日みたいに、あなたのリクエストなら食べるわ」
思いの外湿っぽくなってしまったわたしの言葉に、彼は瞬きをして、すぐに困ったように微笑む。
「なら、今の内に献立を考えないとだ」
「あなたが考えた献立、絶対栄養無視でしょう」
「ちゃんと考えるよ……きみを長生きさせるためだもん」
本当に、どこまでも優しくて、酷い人だ。久しぶりに顔を見せたと思ったら『ピザが食べたい』なんて自分の要求は建前で、本当はわたしに何か食べさせようとしただけなのだろう。
「……久しぶりの食事がピザなんて、重すぎない?」
「あはは、僕の愛の重さってことで」
「何それ」
そして三十分後、わたしは一人、やけにしょっぱいピザを食べた。
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