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「よう、久しぶり。」 墓にそう挨拶した。 今日は、俺の元カノの墓参りのために、久々に田舎に帰省した。病気で死んだ元カノ、あかりの墓に。 当然のことながら返事はない。 昔の俺とは随分変わってしまった。きっとあいつが見ていたら、びっくりするだろうな。 黒髪も染めて、ピアスも開けて、メガネもコンタクトに変えた。 「メガネ、邪魔だからコンタクトに変えたんだ。」 返事はない。当然のことだ。 「まあ、似合ってなくてもいいんだけど。」 素っ気なく言う。きっとあいつは、素直じゃないなぁ、なんて言って笑うんだろうな。 「ほんと、ここは変わんないよな。あ、とんぼだ。」 少し子供っぽかったな、と思いつつ、墓に目をやる。 我ながら、馬鹿だなと思う。 彼女の死から立ち直ったふりをして、地元から逃げた臆病者。 ぬくぬくと生活し、人を愛して、結婚して、子供まで生まれた。 幸せな生活をするうちに、突然あかりの顔が思い出せなくなった。 あかりのことを忘れるのが怖くなった俺は、妻に相談した。あかりのことは、もう妻に全て話していた。 「あかりさんのお墓に、行ってみようよ。」 妻からそう提案してくれた。 まさか妻から提案してくれるとは思っていなかったため、思わずえ?と声が漏れた。 「え?って、行きたいでしょう。私だって乗り気なわけじゃないけど、あなたが決着をつけたいなら、そうするしかないじゃない。」 そうするしかない。きっと妻の言う通りだ。 「秋だなぁ。」 俺より少し背の低かったあかりを思い浮かべながら言った呟きは、夕暮れに吸い込まれていった。 「俺、結婚したんだ。娘も5年前生まれた。色々バタバタしてたけど、幸せ。報告するの遅れて、ごめんな。」 俺の謝罪が彼女に届くことは、もう二度とないというのに。 そう言わずにはいられなかった。 結局、俺のしていることはただの自己満足だ。 「ずっと来れなくて、ごめん。」 俺は墓に向かってぽつりぽつりと話す。 「気持ちの整理がつかなくて、、、今でも、時々あの時を思い出すんだ。」 夜中、君が僕を罵る悪夢を見る。 君はそんな人間じゃないと、僕は知っているはずなのに。最低だろ? 「でも、ちゃんと整理するから。」 途中、息が続かなくなって、ゆっくり息を吸う。 「君が、、、君が死んだこと、ちゃんと理解するから。」 口に出した瞬間、やっと現状を受け入れることができた。 そう、君は死んだ。確かに、死んだんだ。 僕自身が地元から逃げても、幸せに暮らしていても、君以外の人を好きになってしまった罪悪感を抱えていても。 君が死んだことは、何も変わらない。 「君が死んだことが辛くて、地元から逃げたけど、、、君の死と決着をつけたくて、今日墓に来た。」 君はここにはいない、そうわかっていても、まるで語りかけるかのように話すのをやめられなかった。 「パパ〜!」 娘が抱きついてくる。 「たける?」 妻が話しかけてくる。 「決着はついた?」 決着って。別に戦ってるわけでもないのに。 そう笑いかけると、妻は思いの外真剣な顔で言った。 「戦ってたでしょ。ずっと、罪悪感と。」 そう、だな。 戦いは終わったんだ。 俺はもう、忘れなければいけない。 もちろん、すべてを忘れるわけじゃない。 ただ、彼女を愛していた頃の自分を忘れる。 それだけだった。 娘のゆきが、あかりの墓の前に立っていた。 「ゆき〜、帰るぞ〜。」 ゆきは俺の下に駆け寄ってくる。 その時。 ゆきは、あかりの墓に向かって手を振ったのだ。 誰もいない。 俺の願望とか、勘違いかもしれないのだけれど。 薄く透けたあかりの姿が見えた気がした。 小さく手を振り微笑む、俺の愛していた人が。 妻は驚いた顔をして俺を見たが、また微笑んだ。 俺は手を振った。 今度はあかり自身との決別のために。 ありがとう、あかり。 さようなら。 長い長い道の先で、俺を待っていてくれ。 いつか笑顔で言うから。 ただいま!って。
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