4人が本棚に入れています
本棚に追加
二
「よう、久しぶり。」
墓にそう挨拶した。
今日は、俺の元カノの墓参りのために、久々に田舎に帰省した。病気で死んだ元カノ、あかりの墓に。
当然のことながら返事はない。
昔の俺とは随分変わってしまった。きっとあいつが見ていたら、びっくりするだろうな。
黒髪も染めて、ピアスも開けて、メガネもコンタクトに変えた。
「メガネ、邪魔だからコンタクトに変えたんだ。」
返事はない。当然のことだ。
「まあ、似合ってなくてもいいんだけど。」
素っ気なく言う。きっとあいつは、素直じゃないなぁ、なんて言って笑うんだろうな。
「ほんと、ここは変わんないよな。あ、とんぼだ。」
少し子供っぽかったな、と思いつつ、墓に目をやる。
我ながら、馬鹿だなと思う。
彼女の死から立ち直ったふりをして、地元から逃げた臆病者。
ぬくぬくと生活し、人を愛して、結婚して、子供まで生まれた。
幸せな生活をするうちに、突然あかりの顔が思い出せなくなった。
あかりのことを忘れるのが怖くなった俺は、妻に相談した。あかりのことは、もう妻に全て話していた。
「あかりさんのお墓に、行ってみようよ。」
妻からそう提案してくれた。
まさか妻から提案してくれるとは思っていなかったため、思わずえ?と声が漏れた。
「え?って、行きたいでしょう。私だって乗り気なわけじゃないけど、あなたが決着をつけたいなら、そうするしかないじゃない。」
そうするしかない。きっと妻の言う通りだ。
「秋だなぁ。」
俺より少し背の低かったあかりを思い浮かべながら言った呟きは、夕暮れに吸い込まれていった。
「俺、結婚したんだ。娘も5年前生まれた。色々バタバタしてたけど、幸せ。報告するの遅れて、ごめんな。」
俺の謝罪が彼女に届くことは、もう二度とないというのに。
そう言わずにはいられなかった。
結局、俺のしていることはただの自己満足だ。
「ずっと来れなくて、ごめん。」
俺は墓に向かってぽつりぽつりと話す。
「気持ちの整理がつかなくて、、、今でも、時々あの時を思い出すんだ。」
夜中、君が僕を罵る悪夢を見る。
君はそんな人間じゃないと、僕は知っているはずなのに。最低だろ?
「でも、ちゃんと整理するから。」
途中、息が続かなくなって、ゆっくり息を吸う。
「君が、、、君が死んだこと、ちゃんと理解するから。」
口に出した瞬間、やっと現状を受け入れることができた。
そう、君は死んだ。確かに、死んだんだ。
僕自身が地元から逃げても、幸せに暮らしていても、君以外の人を好きになってしまった罪悪感を抱えていても。
君が死んだことは、何も変わらない。
「君が死んだことが辛くて、地元から逃げたけど、、、君の死と決着をつけたくて、今日墓に来た。」
君はここにはいない、そうわかっていても、まるで語りかけるかのように話すのをやめられなかった。
「パパ〜!」
娘が抱きついてくる。
「たける?」
妻が話しかけてくる。
「決着はついた?」
決着って。別に戦ってるわけでもないのに。
そう笑いかけると、妻は思いの外真剣な顔で言った。
「戦ってたでしょ。ずっと、罪悪感と。」
そう、だな。
戦いは終わったんだ。
俺はもう、忘れなければいけない。
もちろん、すべてを忘れるわけじゃない。
ただ、彼女を愛していた頃の自分を忘れる。
それだけだった。
娘のゆきが、あかりの墓の前に立っていた。
「ゆき〜、帰るぞ〜。」
ゆきは俺の下に駆け寄ってくる。
その時。
ゆきは、あかりの墓に向かって手を振ったのだ。
誰もいない。
俺の願望とか、勘違いかもしれないのだけれど。
薄く透けたあかりの姿が見えた気がした。
小さく手を振り微笑む、俺の愛していた人が。
妻は驚いた顔をして俺を見たが、また微笑んだ。
俺は手を振った。
今度はあかり自身との決別のために。
ありがとう、あかり。
さようなら。
長い長い道の先で、俺を待っていてくれ。
いつか笑顔で言うから。
ただいま!って。
最初のコメントを投稿しよう!