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一
「よう、久しぶり。」
久しぶりに田舎に帰ってきた元カレは、すっかり変わってしまっていた。
田舎にいた頃に真っ黒だった髪の毛を、明るい茶色に染めて、ピアスなんかも開けちゃって。昔かけていたメガネもやめてる。
昔の彼とは全然違う。少なくとも、そこにいる彼は私の知っている彼ではない。私を愛していた彼の面影はない。
「久しぶり。」
私の問いに、彼は答えない。口数が少ないところは変わってないんだね。
「メガネ、邪魔だからコンタクトに変えたんだ。」
私の心が分かってるみたいに言った。
「似合ってるよ。」
「まあ、似合ってなくてもいいんだけど。」
素直じゃないところも、昔っから同じ。
「ほんと、ここは変わんないよなぁ。あ、とんぼだ。」
空を飛んでいる赤とんぼを見て、子供っぽく彼は言った。
昔は妙に大人ぶってたけど、少しは変わったんだね。
変われないのは、私だけ。
変わらないのは、私だけ。
胸の奥が、ちりりと痛んだ。
「秋だなぁ」
「秋だね。」
彼の隣に並んで言う。
彼は随分背が伸びてしまって、私が背伸びしても全然届かない。
「俺、結婚したんだ。娘も5年前生まれた。色々バタバタしてたけど、幸せ。報告するの遅れて、ごめんな。」
一人称も、僕から俺に変わっていた。
そっか。私以外に、大切な人ができたんだね。
幸せでした、なんて言っても、きっと今の貴方には届かないだろうな。
「ずっと来れなくて、ごめん。」
大丈夫。
「気持ちの整理がつかなくて、、、今でも、時々あの時を思い出すんだ。」
誰よりもクールに見えて、誰よりも繊細だもんね。
「でも、ちゃんと整理するから。」
うん、それでよろしい。
「君が、、、君が死んだこと、ちゃんと理解するから。」
私が死んでから、あなたは泣いてばっかだったよね。
「君が死んだことが辛くて、地元から逃げたけど、、、君の死と決着をつけたくて、今日墓に来た。」
あなたがどんな決断をしても、あなたは、あなただから。
だからどうか、私以外の誰かと、幸せに暮らしてね。
「パパ〜!」
彼の娘であろう子が、彼の足に抱きつく。
彼は頭くしゃくしゃとなでて笑った。
その癖、学生の時からだよね。
「たける?」
彼の奥さんだろうな。
初めまして、たけるの元カレです、なんて。
無神経だよね、人として。(もう死んでるから人じゃないけど。)
そもそも、聞こえてないか。
たけるは奥さんと楽しそうに話していた。
楽しそうに、笑顔で。
私に昔見せた、あの明るい笑顔で。
娘さんは私の墓の方を見た。
私の方を見た。
確かに私に近づいてくる。
「お姉さん、だあれ?」
昔テレビで、小さい子には霊が見えやすいなんて言っていたけれど、本当だったのかもしれない。
「、、、あなたのパパのお友達だよ。」
彼は奥さんとの話に夢中になっていた。
「パパの?」
「うん。ねえ、パパに伝えてくれる?」
「いいよ!」
その笑顔は彼そっくりで、私はびっくりしてしまった。
「いつかまた会おう!って。」
「ゆき〜、帰るぞ〜。」
彼は娘を呼ぶ。
彼の娘は彼の方へ走り去ってしまった。
「さよなら、私の愛した人。」
私の体は段々と薄くなっていく。
ああ、消えちゃうんだ、私。
私は小さく手を振った。
彼の娘、、、ゆきちゃんは振り返り、私に笑顔で手を振る。
彼は驚いたようにこちらを見た。
ゆきちゃんは彼になにかを言った。
彼はしばらく黙って。
手を振り返してきた。
見えているんじゃない。
でも、ありがとう。
私の全てだったあなたへ。
私の幸せだったあなたへ。
私はようやく、自分の死と向き合えた気がします。
私は十数年も経って、やっと自分の死に打ち勝った。
ありがとう、さようなら。
とんぼ達は夕日に照らされて、私達を包み込むように飛んでいた。
長い長い道の先で、私はあなたを待ってるから。
だから、のんびりゆったり歩いてきてね。
そしてあなたが人生のゴールを迎えたとき、
私は笑顔で言うんだ。
おかえりって!
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