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1 妙快寺
慈海は、山奥の小さな寺・妙快寺の住職である。
妙快寺は古刹ではあるが、とにかく不便な場所にあり抱える檀家もわずかだ。寺には、慈海のほかに弟子が一人いる。
実入りの少ない寺ではあるが、二人はなんとかやり繰りし暮らしていた。
弟子が本山での修行に出かけたその日、話し相手もいない寺で、慈海は一人の時間をもてあましていた。
だから、見知らぬ青年が石段を登ってくるのを見かけたときには、いい話し相手がやって来たぞと勢い込んで声をかけてしまった。
「これはこれは、お若い方! 何か御用でございましょうか?」
青年は、まぶしそうに目を細めながら慈海が立つ濡れ縁を見上げた。
登山者風の身なりをしているが、荷物は小ぶりなリュックが一つだけ。
登山者というよりは、ハイカーと呼んだ方がいいような軽装である。
「申し訳ありません。水を、一杯いただけませんか?」
少しかすれた声で、つぶやくようにそう言われ、慈海は厨へ急いだ。マグカップに、蛇口をひねって水を注ぐ。それを小さな盆に載せ濡れ縁に戻ってみれば、青年は相変わらず同じ場所に突っ立っていた。
「ささ、どうぞ!」
慈海が盆を差し出すと、青年はマグカップを手に取り一気に水を飲み干した。
礼を言いながら微笑んだ青年をよくよく見れば、純朴そうで穏やかな顔をしていた。
昨今は、旅人を装い、山奥の寺の寺宝を盗みに来る輩もいるらしいが、この青年からはそのような邪心は感じられない。
(どうやら、何かわたしに話したいことがあって訪ねてきたようだ。時間はいくらでもあることだし、じっくり聞いてやるとするか――)
慈海はマグカップを受け取ると、己の眼力を信じ青年を受け入れることにした。
「人心地ついたのなら、ちょっとお上がりになりませんか? 茶でも淹れましょう」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて――」
青年は、丁寧に靴を脱いで揃えると、濡れ縁に上がってきた。
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