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6 河西紀彦の話②
◇
その節は、ありがとうございました。
住職のお力で、わたしは望みどおり恩返しをすることができました。
今日は、お礼とご報告に参りました。
こちらを出た後、わたしはすぐに峠を目指しました。
いつの間にか、地面に両手をつき、四つ足の生きものとなって歩いていました。
夜目が利くようになったわたしは、月明かりだけを頼りに、先日転がり落ちたあたりまでたどり着くことができました。
そこに寝そべり夜が更けるのを待っていると、何かが近づいてくる気配がしました。
わたしを助けてくれた、あの獸が来てくれたのに違いありません。鋭敏になった耳や鼻が、足音や臭いでそれを教えてくれました。
わたしは、その獸に、独自の方法で呼びかけてみることにしました。
<あんたはひとりかい? よかったら、このあたりをあんないしてくれないか?>
<はじめてみるかおだね。これからかりにいくこところだけど、ついてくるかい?>
<ああ、いっしょにつれていってくれ>
獣は、驚くくらいすんなりとわたしを受け入れてくれました。
わたしは、獣と一緒に山や谷を巡りながら、小動物を捉えたり木の実をとったりして夜を過ごしました。夜明けが来ると、獣が案内してくれた小さな洞穴で、仲良く身を寄せ合いながら眠りました。
自然に溶け込み、必要な物だけを手に入れ、仲間とともに心安らかに眠る――、人であったときには得られなかった充足感を味わううちに、あっという間に四日がたちました。
五日目の夕方、洞穴で目覚めたわたしは、隣で眠る獣の背中を優しくなめてやりました。
恩返しにきたつもりが、わたしは生きる喜びを感じ、充実した時間を過ごすことができたのです。
あらためて獣に感謝しながら、洞穴を出ようとしたときです。
<いかないで! ずっとわたしのところにいて! おまえがだれなのか、わたしにはわかっているよ!>
少しだけ首を持ち上げた獣が、悲しげな眼差しでわたしを見つめていました。
愚かなことですが、実はわたしはその言葉を待っていたのです。
もう何もかも捨てて、獣と一緒にこの地で自由に生きてみたい――そう思い始めていました。わたしは、洞穴に戻り獣のそばに座りました。
<どこへもいかないよ。おまえがそういうのならずっとそばにいる。ただ、わたしには、はたさなくてはならないぎりがある。そのためには、いちどここをはなれるひつようがあるのだ>
<だいじょうぶ。わたしがおしえるとおりにすれば、おまえはかならずぎりをはたせるはずだから>
それから五日あまり、獣は、わたしに特別な技を伝授し身につけさせてくれたのです。
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