ずっと、忘れない

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「小林さん! 小林梨江さんだよね。久しぶり、俺のこと覚えてる?」 「なんだよ、おめーのことなんて覚えてねって。ねえ、梨江ちゃん」 ! 梨江は思わず噴き出しそうになるのを必死に堪えた。 この見事なまでの掌がえしはどうだろう。当時はもっぱら不快なあだ名ばかりで、名前どころか “ 小林 ” という苗字すら、ろくに呼ばれたことがなかったのに。 今のご時世、迂闊に外見について、あれこれ口にすることは憚られる。ルッキズムという言葉も、すっかり耳に馴染んだ。だがそんな世間の風潮は、梨江にとってただのきれいごとにしか思えない。 結局、人は見た目で判断するものだ。 「あれ誰? え、小林さん? うわ、めっちゃ大化けじゃん」 梨江が姿を現すや、目の色を変えて群がってくる男たちが何よりの証拠だった。 きっと彼らは、むかしの梨江の冴えない容姿はよく覚えているのだろう。 だが自分たちが執拗にからかい、控えめで内気な少女の心が折れるまでに罵声を浴びせたことは、きれいさっぱり忘れているに違いない。 じっと鏡を見つめていた梨江は、ため息をつくと再びダイニングに戻った。 小さなラグチェアに放ったままのバッグの中から一枚の名刺を取り出すと、ゆっくり椅子に腰を下ろして、しげしげと眺める。 誰もが知っている超有名企業。 カタカナの連なる、何だか判らないがとにかく ” すごいだろう感 ” 満載の部署。 中央に印字された彼の名前までが、気のせいか誇らしげに見える。 斎木亮介、と口の中で呟くと、嫌でも当時の秘かな想いが呼び起こされた。 彼の人気は、当時から群を抜いていた。見た目もよく、スポーツ万能に加えて成績もそこそこだったから、何をするにも女子の熱い視線と嬌声を集めたものだ。 その人気は、10年経った今夜も変わらなかった。
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