ずっと、忘れない

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会もそろそろお開きになろうかというころ、その亮介が、ふと隙をぬうように近づいてきた。梨江を取り巻く人垣を崩すように亮介が輪の中へ入ってくると、彼らは不満げながらも梨江から遠ざかっていく。 ライオンなんかと同じで、強いオスを前にすると、並みのオスは本能的に逆らえないらしい。 久しぶりだね、元気? とごく自然な調子で声を掛けてきた亮介は、一瞬、値踏みするように、梨江の頭の上から足の先までするりと視線を這わせた。 「すげえいい女になったな、小林さん。彼氏、いるの?」 そのくせ梨江が答える前に、亮介は懐から素早く名刺を取り出すと、片手で梨江の手を握るや強引に押しつけた。 「これ、俺の電話番号。近いうちに連絡くれよ。待ってるから」 ――相変わらずのイケメンぶりね、斎木くん。 名刺の余白に書かれた、手書きの電話番号を指でたどってみる。 その時の亮介の顔つきを思い返した梨江は、思わず笑みを洩らした。 相変わらずの自信家だ。目をつけた獲物は、放っておいても向こうから寄ってくる、とでも言わんばかりだった。 あのころと同様、今夜も彼のまわりには、これ見よがしに着飾った女子たちが幾重にも連なっていた。むかしはその様子を、教室のすみから黙って見ているしかなかったものだ。 ――私も、やっぱりあなたに憧れてた。でもね、私はただ、あなたを見ていられれば幸せだったの。私じゃ釣り合うわけがないってことぐらい、ちゃんと判ってた。なのにあなたはいつも言ってたわ。 『白ブタのクレーター、マジ不細工でキモいよな。あいつと付き合うぐらいなら、死んだ方がマシだぜ』って。 みんなの前で何度も何度も言っては、笑ってた……覚えてる? 10年ぶりに会った彼の自信にあふれた笑みは、幼いころの淡い恋心を容赦なく踏みにじった得意げな顔と、何ら変わってはいなかった。 最も遠いところから、ひっそりと憧れることすら拒否された想いのなれの果てを、梨江は嫌というほど噛みしめてきた。時が経つにつれて、その傷は消えるどころかより苦みを増し、ささやかに温めていたはずの梨江の想いは少しずつ、だが確実に、冷たく濁った沼のような淀みへと変わっていった。 ――大好きだったあなたの願い、今からでも叶えてあげられたらいいのに…… 名刺に書かれた彼の名前をそっとなぞると、梨江はテーブルの上のペン立てから赤いペンを抜き取った。 『死ね 死ね 死ね 死ね 死ね…』 熱を帯びた目で書き込む梨江の頬へ、陶然とした笑みが浮かぶ。 びっしりと書きつぶされて赤く染まった名刺は、梨江の白くたおやかな指で幾度となく引き裂かれ、まるで花の終わりの山茶花(さざんか)のように、音もなく振り散っていった。
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