久しぶりの唐揚げは

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

久しぶりの唐揚げは

「お惣菜、久しぶり~!」  亜月(あづき)は六畳間の畳に置いた唐揚げを前に、テンションを上げて言った。 「本当にいつからかなあ、覚えてないくらいだな。  ……嘘。覚えてるよ。実菜(みな)の誕生日だよね。学生でお金ないから、学食の唐揚げ弁当買ってさ。ハッピーバースデー歌って、ワイングラスの代わりに唐揚げ合わせて。……私は楽しかった。実菜は? あ! そうだ!」  亜月は訊いておきながら返事を待たずに立ち上がった。棚から一冊のアルバムを取って戻った。 「卒業後ね、私、実家に帰ったでしょ? でもすぐにまた出て、専門学校に行ったんだ。海外の国立公園のレンジャーになる夢、結局諦められなくて。  残念ながらレンジャーにはなれなかったけど、好きな勉強ができて、すごく楽しかった。」  言いながらめくるアルバムには、笑顔だけではなく、真剣な顔で実習をしている姿もあった。 「で、なんか、ようやく諦めがついたんだ。やるだけやったからかなあ。  ……あの頃付き合ってた彼氏と結婚するよ。  新しい人生の始まりってやつ。」  喜ばしい報告だ。  だが、亜月は途中で泣き崩れた。 「スピーチ頼むなら、実菜って決めてたのに。  なんで?」  号泣する亜月の前方、唐揚げの向かい側には、写真立てがひとつあった。実菜の家族の厚意でもらった実菜の笑顔の写真が飾られている。  亜月はひとしきり泣くと、涙を拭いて身を起こした。  次に会うときには、お互いにサプライズをーー卒業式の日に、そう言って別れた。連絡も取らなかった。  約束は守られた。  亜月は婚約の報告、実菜はーー植物状態だった。 「レンジャーってね、医学もやるのよ。  でも、実菜の状態はジャンルが違うから……  ……勉強する。私がこの世に戻してあげる。」  亜月は断言して、唐揚げにつまようじを刺して頬ばった。 「うん、元気出る。やっぱ唐揚げだよね。  ババくさく青汁も飲みますけど。」  写真の笑顔が、本当に笑って見えた。  亜月は思わず微笑んだ。  いつか、必ず、「久しぶり!」を言い合うんだ。  そう心に誓った。  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!