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注文が多いのは嫌われる
茹だる様な暑さの中、涼を求めて下の弟を連れて行ったプールの帰り道。
「にーちゃん!!にーちゃん!見て!!ハンマー投げ!!」
「え?! ちょっと!!!ま、待て!!」
グルグルっと水着の入った水泳バックが、放物線を描いて飛んでいく。
ガッサッ
「あっ!」
茂みの向こうに、落ちているのを見つける。
「にちゃ・・・ご、ごめんなさい・・。」
「とりあえず、家の人に言ってとらせて貰うか・・・」
涙目になった弟の頭を撫で、抱き上げるとギュッと首に抱き着く。
「ごめんなさい・・・にちゃ・・。」
「大丈夫だよ。」
ぐるりとフェンスを辿り、辿り着いた先で、ドアチャイムを鳴らすが反応が無かった。
「すいません~、どなたかいらっしゃいませんか~?」
「にちゃ・・・?」
門先で少し中を覗き込むと、玄関迄は距離がある様で、ここから声を掛けた所で中の人には届かなそうだった。抱きかかえていた、弟の目に涙が浮かび、額には汗が滲んでいた。
陽が陰りだしてきていたとはいえ、まだ日中の暑さが残る。
「一回、家に帰ろうか。」
「・・・うん。」
「兄ちゃんが、後でバイト帰りによってみるから。そんな顔するなって。
其れよりもう、こんな事するなよ?」
まぁ・・・、子供の水着とタオルしか入ってないし変態じゃなきゃ問題ないだろ。
そう思い、弟を家に連れ帰り途中、駅ビルの中でゼリーの詰め合わせをバイト前に買って行く。
駅近くの居酒屋で17時~22時迄のアルバイトは、高校生が稼ぐには割の良いバイトだった。
流石に、22時を過ぎて尋ねるのも非常識かと思ったが、バイト前に寄った時も留守の様だったので、帰りに寄る事にしたのだが・・・
この道、こんなに暗かったか?
駅から少し離れ、住宅街からも外れた所にあるその家は、プールと図書館が近くにあり公園も近く、緑が多かった。そのせいか、少し周辺の気温が低く静かだった。
なんか、雰囲気ある家なんだよなぁ・・・。
薄暗い中、塀伝いにドアベルの有った門へと向かう。
ガサっつ!!
「うわっ! な、何だ?!猫か???」
急に飛び出してきた、物体に一瞬驚くが「みゃお」と聞こえた鳴き声に、ホッとする。
「急に飛び出したら、危ないからな!」
そう声を掛けると、白い尾をゆらりと揺らして茂みの中へと入っていく。
「あ、お前!そっちは・・・って、アレ?こっちにも門あるのか?」
白猫が中に入っていった方を見ると、その隣にも門があるのが見えた。
門に付いている、インターフォンを鳴らすと、すぐに応答が有った。
「あの、夜分遅くにすいません。狗澤と申しますが・・・今日の昼過ぎに御宅の庭に・・・」
そういうと、門が開いて中から白髪に口髭を蓄えたスーツの男性が出てきた。
「良かったら、中へどうぞ。」
「え・・・いや、でも」
「当館の主人が直接ご挨拶をとおっしゃってますので・・・中へどうぞおはいり下さい。」
「・・・はあ、じゃぁ・・・お邪魔します。」
「失礼ながら、庭に落ちていたモノですが、こちらで洗濯をさせて頂きましたので・・・」
「え!? そ、そんな事まで・・・」
「それで・・・申し訳有りませんが、貴方様も主人に会う前にこちらで汗を流していただきます。」
「は? なんで、そんな・・・」
「その・・・少し、主人は匂いに敏感なものでして・・・。」
そう言われて、自分がバイト終わりに尋ねた事を思い出す。
バイトを始めた頃は、自分自身も居酒屋独特のアルコールや揚げ物、煙草の匂いが身体について臭く感じていた。しかも、汗もかいている。
思わず、自分の匂いを嗅ぐと、白髭の男性の口の端が少し上がった様に見えたが、すぐに扉が開けられ中へと案内される。
「では、こちらでしっかりと身を綺麗にされますよう。お願いいたします。」
「え!?ちょ!!」
バタン
勢い良く扉が閉められる。
ガチャ
は?鍵掛けたか?!
ガチャガチャとドアノブを回すが、びくともしない。
・・・はぁ、一体何なんだ?カメラとか無いよな?
中を見渡すが、案内されたのは脱衣所なのか籠の中にはタオルとTシャツに綿のパンツ。新品の下着。
・・・下着まで?なんなんだ・・・?
え、マジで、カメラとかねぇよな???
洗面台の下や、棚の上を触って見るが何も無い。
まさか、風呂場に・・・。
バスルームの方も、見てみるがそれらしい物が無い事に、少しホッとする。
と、なると・・・
オレが、普通に臭いのか・・・な・・・。
少し、ショックを受けつつも着ていた服を脱ぎ、思わず・・匂いを嗅ぎそうになるが、寸での所で思い直しバスルームへと入る。
まぁ、光熱費が浮いたと思えば良いか。
しっかりと、頭から足の先迄洗い出ると、そこには自分の脱いだ服一式が無くなっていた。
「はぁ!? あー・・・」
そっちの方か・・・?
はぁ・・・。ともかく、裸では居られない・・・か。
仕方なく、用意されていた服に着替え、洗面台を見ると、メモと化粧水や乳液が用意されていた。
『こちらの化粧水をお使いください。』
いや、そんなメモより着ていた服、返してくれって。
溜息を付きつつも、化粧水と、乳液を付けると鍵の開く音がした。
「さて、主人がお待ちしております。こちらにどうぞ。」
「ちょ!あんた、オレの服は何処に!?」
「僭越ながら、洗濯させて頂いております。」
「なっ、勝手に!?」
「申し訳有りません。ちょっと、そのままお持ち帰りになられるのは如何と思いまして・・・。」
「・・・はぁ。」
だから、そんなに汚いって思うならなんで家に入れんだよ!
「では、こちらでお待ちください。」
次に通されたのは、広い食堂だった。
食堂、そう思ったのは色々な料理が用意されていたから。
「はぁ?!なんだよ、コレ」
「主人が、ぜひとも夕食をと申しましたので・・・」
「あー、もうそんなのは良いから、オレは弟の水着を取りに来ただけだから!!」
つい
イライラっとしてしまい、白髭の男性に怒鳴ってしまう。
「いい加減にしてくれっ!!!」
「!!!!!!!」
パリン!!!
何かが割れた音が家中に響いた気がした。
「はっ?」
ニャーゴ!!
シュッと、白い尾が目の前を横切った気がした。
「おやおや、こんな時間に客人とは・・・。」
「! あ、あんたは?」
後から聞こえてきた声に、振り向くとそこにはシャツの上に着物を羽織った小柄な男が立っていた。
「あ、あの・・・オレ、御宅の庭に入った荷物を取りに・・・。」
「ああ、コレの事?」
「あ、それっす!」
男が手にしていたプールバックを見て、ホッとする。
男の方に手を伸ばそうとするが、男は開いたままの扉の中をみて、じろじろとこちらを見てくる。
「キミ、白に揶揄われた様だね。 折角だから、中で食べて行くかい?」
「え、いや・・オレは、それ取りに来ただけなんで、もう帰ります。」
「そう? それは残念。なら、出口まで案内するよ。」
「いや、大丈夫っすよ。ここ真っ直ぐ・・・」
案内されて廊下を振り向けば、廊下の様子が変わっていた。
あれ?確かに、ココを真っ直ぐ歩いてきた筈じゃ・・・?
「ふふ、だから言っただろ? 僕は、ココの主人鳴澤鐘斗。君の名は?」
「あ、狗澤です。 すいません。こんな夜分に。」
歩き出した鐘斗の後を、ついて歩き始める。
「気にしてないよ。それに美味しそうなお菓子もありがとう。」
「あ! いえ・・むしろ、シャワーまで借りて・・・なんかすいません。」
「あー、それは気にしないで良いよ。」
先を歩く鐘斗の旋毛を見ながら、狗澤は「こんなに廊下長かったか?」と思いながらも、弟のプールバックを持って着いて行った。
途中、廊下の時計がボーンボーンと鳴る。
ん?あんな時計有ったか?
振り返り確認しようとした瞬間、鐘斗から声が掛かる。
「ほら、出口だよ。気を付けて帰りなさい。」
「あ、はい。すいません。お邪魔しました。」
ペコリと頭を下げて、狗澤は振り返る事無く門の外まで出て行った。
朝、プールバックの中身を確認すると自分の脱いだ服もちゃんと洗濯された状態で入っていた事に
少し、ホッとしたのだった。
「あの外見で変態じゃ無くて良かったわ。」
くしゅっんくしゅっ
「風邪か~?」
「ん~、誰か噂でもしてたり? ってか、白・・・昨日キミ、勝手に狩りしようとしただろ?」
「あー、バレた? あと、もうちょいだったんだけどなぁ。」
パタパタと白い尾を揺らしながら、白猫が鐘斗の膝の上でまどろむが、「もうちょい? 逃げられた癖に。」そう言って入ってきた男の気配に、耳を怒らせて膝から降りた。
「はぁ!? 見てもねー癖に!」
バリバリっと、狐塚の脛を引っ搔いて部屋から白い尾をした猫は出て行った。
「おや、狐塚。いらっしゃい。」
「原稿、貰いにきましたよ。」
「ああ、そこに出来てるよ。」
鐘斗が、座ったまま机の上に置かれた封筒を指さす。
「しっかし、白が狩りを失敗するなんて珍しいっすね。」
封筒の中身を確認しながら、狐塚は鐘斗に聞いていた。
「んー、昨日のは仕方ないね。」
「そりゃ、また何故?」
封筒の中身から視線を、鐘斗の方へ向けた狐塚か目にしたのは、可笑しそうに笑う鐘斗の顔だった。
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