理想と現実

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「おい、依央。ミヤのことは諦めたんじゃなかったのか」 依央の言葉を聞いた途端に表情を険しく歪めた伊吹が、また都古を抱き寄せる。 「南先輩も信用出来ないし……心配だから、今日は僕がミヤと同じ部屋に泊まる」 何かを決意したように口を真一文字に結ぶ伊吹を、 「えー? そんなこと言って、本当は都古さんにとって一番危険な存在は伊吹なんじゃないのー?」 風香と似たようなニヤニヤとした笑みを浮かべながら、依央がからかい始めた。 「……うるさい。間違いを望む君よりはマシだ」 皆の見ている手前、強がって見せているが、 (イブくん……また手、震えてる) 都古を抱き寄せたままの伊吹の手が小刻みに震えていることに、都古だけが気付いていて。 「イブくん」 「?」 都古が呼ぶと、伊吹は険しい表情を崩して不思議そうな眼差しで真っ直ぐに都古を見下ろす。 「付き合って初めての夏休みなんだから、いっぱい楽しもうね」 「……っ、うん」 伊吹は素直に頷いたものの、すぐに都古から顔を背けた。 その顔は真っ赤に染まっていて、 「あれれー? イブくんってば、お顔真っ赤だよー?」 すかさず依央がからかい始める。 「うるさい、イブくんって呼ぶな。もう時間だからチェックインするぞ」 露骨にムッとした伊吹が、自分と都古のボストンバッグ二つを右手でまとめて持ち、左手でしっかりと都古の手を握って、ホテルのフロントを目指して自動ドアをくぐった。
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