神門 涼平

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神門 涼平

生まれてから、何不自由なく生きてきたと思った。 それが、αとして生まれた自分。 αとして、トップに立つ者の生き方なんだと思っていた。 そう自分に言い聞かせていた。 父は、母の他にも何人かΩの愛人がいた。 正確には、母もその愛人の一人だった。けれど、父との正妻の間に、子供は出来なかった。 その他の愛人にも、運良く子供が出来る事がなかった。 だから、父は自分に後継者としての教育を叩き込んでいった。 それは、父の周りの人間も同じだった。 父の正妻もまた、同じ様に自分を後継者としての振る舞いを求めた。 その中で、唯一母だけが子供としての自分を見てくれていた。 少し甘いカプチーノの香りと母の笑顔。母の膝の上で、読んでもらう絵本は、自分が子供らしくいられる時間だった。 けれどそんな時間も、高齢の父の体調が崩れ始めてから取れなくなっていった。 周りからの重圧は、父の容体と比例する様に重くなっていた。 そんな中、父が亡くなった。 それと当時に、何人もいたΩの愛人達は皆、いなくなった。 そこには、母も含まれていた。 母は、父と番関係だったのに・・・。 父の病院にも、葬儀にも母が来なかった事に、不安を感じ母の元の行った時には、もう何もそこには無かった。 「涼平さん、こんな所に居たんですの?」 「お母様・・・、母が・・・。」 「ああ、涼子さんはもうここには居ませんよ。」 「な、なんで!!?」 「涼平さん、あなたは神門家の後継者として少し自覚なさい。」 「ど、どういう事でしょうか?」 「あなたの母は、αの私です。涼子さんの事は忘れ、後継者として神門の為に生きるのです。」 そこからは、自分の人生は神門のモノだった。 否 生まれてきた時から、神門のモノだった。 朝から晩まで監視され、神門の為に学び、生きる。 お母様は、神門の女帝だったのだ。 幼い頃に、罹った病で不妊になった為、許嫁だった父に愛人を作る事を強いていたのだった。 その中で、出会った母。 それは、運命の番だったと死に際の父が自分にだけ話してくれた。 けれど、母はその場に立ち会う事は無かった。 全ては、お母様の仕組んだ事だった。 神門の正式な後継者として、紹介されたパーティーでお母様を良く思わない者達の話す陰口を耳にして、全てが自分の中で繋がった気がした。 別々に暮らしていた母 自分が会いに行くと、見せた母の表情 母は、妹の治療費の為に両親に売られたのだ。 たまたま、父が行った食堂の娘だった母。 親子程歳の離れた父の運命の相手だった母。 初めてヒートを迎えた時に、父に無理やり番にされてしまった母。 母は、父を憎んでいたのだ。 憎い父との子である、自分は愛されていなかった・・・ その事に、初めて声を出して泣いた。 父の葬儀でも流す事の無かった涙。 神門の人間が人前で涙を見せるものでは無い。 それが、神門の人間。 女帝であるお母様の教えは絶対。 けれど、母に会いたかった。 憎まれていたとしても、母に会いたかった。 気がつくと、パーティー会場から抜け出していた。 ただひたすら、真っ直ぐ歩いていた。 途中、何度か転んだりしたせいで、膝は擦り切れていた。 ふと目に止まった、公園で少し休んでいたら目の前に綺麗な男の人?がいた。 「・・・君、大丈夫?」 「はい。大丈夫です。」 涙で顔はグチャグチャ。ズボンの膝は擦り切れうっすらと血が滲んでいた。 それでも、咄嗟にでた言葉は「大丈夫」 一体何が、大丈夫なんだろう・・・。 けど、他人に弱みを見せるのは神門の人間がする事では無い。 「大丈夫には見えないけどね。まぁ、いいや。よかったらこれあげるよ。」 そう言って、缶コーヒーが手渡される。 「間違って買っちゃったんだけど、カフェインは今の僕には必要ないから・・・。」 「・・・はぁ。」 そう言った男の人は、お腹の辺りを撫でていた。 「不思議だよね〜。この中に、赤ちゃんがいるんだよ。」 そのまま隣に座った彼は、自分に構わず話始めた。 見た目は、女性の様だったが話初めて、彼が男の人なのだとわかった。 そして、母と同じΩなんだと。 ふんわりと彼からはいい香りがして、彼の声を聞いていたら気持ちが少し落ち着いてきた。 もらった缶コーヒーは、母の入れてくれたカプチーノよりも苦かった。 「僕ね、本当はこの子の事、産むつもりは無かったんだけどさ・・・・。今日、この子の心臓が動いているのを見せてもらったら、そんな気持ちどっかいっちゃったんだよね・・・。」 「・・・・。」 「君も何があったか知らないけど・・・、親が心配してるんじゃない?」 「・・・・そうですかね?」 「だと思うけど? 僕ですら、この子の事、愛しいって思ってるんだよ?」 「・・・あなたの子どもが羨ましいですね。」 「・・・そう思う? 僕なんかの所に生まれたら、苦労しかないんだけどね・・・。」 「それでも、僕より幸せだと思います。」 止まっていた涙が、溢れ出てくるのがわかった。 ああ、知らない人の前なのに。 お母様に知られたら、お仕置きされるな・・・。 それでも、止める事が出来なかった。 「ねぇ、君名前は?」 「・・・涼平。」 「涼平かぁ・・・、名前の由来は知ってる??」 「・・・いや・・・。あ、確か・・・・・母が・・・涼子だから・・・」 「なるほど・・・。君は両親から一文字ずつ貰った名前なのかな。いいね。愛情一杯な感じがする!」 「・・・そうですか?」 「この子の名前、今から考えてるんだけどさ・・・。子供の名前って、親の責任重大だなって思ってさ・・・。どうせなら、沢山呼んであげたいし・・・、呼ぶたび愛しいと思える名前にしてあげたい。」 そう言った彼の顔は、さっきまでヘラヘラした表情ではなく、いつも母が見せてくれた表情に似ていた。膝の上で絵本を読んでくれた母が見せてくれた顔に、久々に会えた・・・そんな気がした。 「あ、あの・・・。あなたの名前を聞いてもいいですか?」 「僕? 僕は、音羽・・・あ、君の事迎えに来たんじゃない?」 公園の入り口の方を指さすと、そこには場違いの車が止まったのが見えた。 「・・・そうみたいですね・・・。 今度、このお礼に伺います。」 「え? 別に気にしないでいいよ。」 「いいえ、借りを作る事は、許されないので・・・・。あなたに会いにまた来ます。」 そう、今度はこの人に会いに来よう。 自分に、母の愛を気づかせてくれた彼に。 「涼平さん、一体パーティーをすっぽかして何をしていたのですか!!」 「申し訳ありません。」 「はぁ・・・まぁ、いいわ。あなたの紹介は済んでましたし。けれど、今後二度と勝手な行動は許しませんよ。」 「はい、お母様。」 今は、あなたの言う通りに致します。 その日から、僕はお母様に隠れて彼に会いに行った。 お母様の言う通りのスケジュールをこなし、時間の合間を全て彼への時間にあてた。 それでも会えない時は、手紙を書いた。 そして、ある日、お母様の書斎で探し物をしている時に偶然1通の手紙を見つけた。 それは、カフェの開店の案内だった。 「いらっしゃいませ〜! 店内ご利用ですか?」 「あ・・・いや・・・。」 「かしこまりました。そしたらこちらで、ご注文どうぞ。」 店内は、こじんまりとしたカフェで、夜はバーとしてやっている様だった。 何となく気になって、来たカフェはあの女帝であるお母様が来るような場所では無かった。 「お客様? ご注文がいかがなさいますか?」 「え・・・あ・・・ああ・・そしたら、カプチーノを。」 「カプチーノですね! オーナー、カプチーノお願いしまーす!」 そう言った店員の首にチョーカーがされているのが見えた。 ・・・Ω? 「あ・・・、お客様・・・気になりますか?気になる様でしたら、ご注文のキャンセルも承りますが・・・・。」 「え・・・、あ・・・いえ大丈夫です。僕の方こそ、すいません。」 「いいえ〜。うちのカプチーノは美味しいから飲まないと損ですから!よかったです。」 ニコニコと笑顔で返されて内心驚いていた。 自分の知っているΩは、どこか後めたそうな顔で、お母様の顔色を伺っているか、媚びを売り取り入ろうとしている様な者ばかりで、この子の様な明るい笑顔をしていなかった。 カプチーノを待つ間、店内を見回すと、チョーカーをしている店員が何人か居た。 客層は、Ωが多い様だったが、自分の様なαも居たのが分かった。 けれど、そのαもΩに対して高圧的な態度は取っていなかった。 「はい。お待ちどうさま。 美味しかったら、また来てくださいね。」 オーナーと呼ばれた男は、長い髪を後ろで一つに纏めていた。物腰の柔らかな感じだった。  「あ!! オーナー!!そろそろ、涼子さんの病院に行く時間じゃないんですか?」 「ああ、本当だ! じゃあ、少し抜けるけど後よろしくね。 お兄さんもまたご贔屓に。」 「は、はい・・・。」 Ωの店員が口にした名に、カップを受け取る手が震えそうになるのを抑えて、そのカフェを後にした。気がついたら、あの公園にいた。すっかり冷えてしまったカプチーノに口をつけると、懐かしい味がした。 「・・・あれ? 涼平・・・、え?!お前また・・・」 「え? オト・・・?」 顔をあげた瞬間、頬を涙が伝った。 「お前はホント、泣き虫なんだな。」 溢れる涙を音羽の手が拭う。 だいぶ大きくなった音羽のお腹に、思わず抱きつくと音羽の手がそのまま涼平の頭を撫でた。 「ねぇ、オト・・・、僕の番になってよ。」 「はぁ??」 「僕、この子の父親になりたい。」 最近、胎動を感じる様になったお腹の子が、涼平の声に反応する様に動く。 「ほら、この子にも言われてるぞ? 何、馬鹿な事言ってるんだって。」 「僕は本気だよ。」 抱きしめた手に力が入る。けれど、締め付け無いくらいの強さ。 「はぁ・・・、全く。お前、どっかのボンボンなんだろ? こんな、誰の子か判らない子供の親になろうとするなって。」 「いやだ。僕は、オトとこの子の家族になりたい。」 出会ってから、何度となく繰り返されたこのやり取り・・・・。その度に、音羽にあしらわれていた。それでも、何度も何度も伝えたかった。 「はぁ・・・。 なら、この子の為にも僕の為にもなるような男になれよ。泣き虫な父親はこの子にはいらない。」 「・・・オト。」 「涼平、この子の名前決めたんだ。」 お腹に埋めていた顔をあげると、あの時と同じ顔でお腹を見つめていた。 「・・・名前、この子の? なんてつけるの・・・?」 「お前には教えない。」 「えっ・・・。な、なんで・・・」 「え、何で? 生まれる前からこの子に迷惑かけてる奴に、教えなきゃいけないんだよ。」 お腹を撫でていた手が、涼平の髪を撫でる。 「・・・なら、やっぱり僕がこの子の父親にならないと。」 「・・・そう思うなら、さっき言った事、実現させてみろよ。」 「そうだね。その時は、この子の名前・・・教えてね。」 ポコンとお腹の子が、涼平の頬を蹴った。 「・・・良いんですか?」 先に出されていた、コーヒーを呑みながら目の前の男が聞いてきた。 「ええ。良いんです。」 席から、カウンターの方を覗き見ると丁度こちらに公平が来るところだった。 「お待たせしてしまいましたか?」 「いや・・・、ありがとうございます。」 目の前に、いつものカプチーノが置かれる。 その一連の流れを見ていた雅が、口を開いた。 「公平さん、例の件すぐにでも許可が降りるそうですよ。」 「・・え、そうなんですか?」 カップを置いた公平を引き止めるような形で、雅は公平に話始めたのを、平静な顔を装いながらカプチーノに口をつけた。 ああ、いつもの味だ。 口元に思わず笑みが浮かぶ。 その様子を横目に見つつ、雅が公平に涼平が言わなかった事を言いだした。 「ええ。それで、こちらの方が音羽先生から紹介いただいた方なんですよ。」 「! 宝城さん・・・!!」 「え!!そう何ですか!! そしたら、音羽先生の・・・」 「あ・・・はい。神門・・・涼平・・・です。」 「ああ、あのリストの!!」 「え・・・あ、はい。」 公平の顔が、パッと明るくなったのを見て、涼平の胸が暖かくなった気がした。だから思わず、出た言葉は涼平自身も意識したものでは無かった。 「あなたのその顔が見れて・・・良かった。」 「・・・きみは・・・いや・・・。ありがとうございます。どうぞ、ゆっくりして行ってください。」 公平は軽く会釈してカウンターへ戻った。 「・・・宝城さん、あなたホント食えない人ですね。」 「何の事でしょう? ああ、本当にここのコーヒーはいい香りだ。」
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