82人が本棚に入れています
本棚に追加
音羽の呼び出し
音羽は、机の上の検査結果とカルテに貼られた前の検査結果の数値を何度も見比べていた。
「・・・やっぱり・・・。」
引き出しから取り出した名刺の連絡先に音羽は迷わず連絡を入れていた。
「 私、国立バース診療の音羽です・・・。宮嶋尊さんの件でご連絡させて頂きました。」
「・・・はい。 明日にでも伺いたいと思います。」
待合室で電話を切ると、丁度尊が東堂を迎えにきていたところだった。
「電話もういいのか?」
「ああ、今日の事で警察が都合の良い日に来てくれってさ。」
「そっか・・・」
犯人のΩを殴った事を警察から聞いた尊は事件の事と聞いて、暗い顔になってしまう。
「そんな顔するなって。」
尊の頬を撫でると、尊は撫でられるのが気持ちいいのか目を閉じた。
・・・可愛い。
ここが、待合室じゃなかったらそのままキスするのに・・・。
「・・・おい。二人ともここは公共の場だからな・・・。」
「「!!」」
「はぁ・・・全く。ミヤ君、当分 店は休みにするから、東堂君のとこで落ち着くまでやっかいになりなさい。」
「え・・・でも・・・」
「東堂君、迷惑かけるけど頼めるかい?」
「はい。迷惑でもないので、気にしないでください。」
「と、東堂!? ちょ・・・勝手に・・ってか、おじさん、店休むって・・・」
「あーほらほら、ここで騒がないよ。」
病室へで公平の話を聞くと、どうやら検査入院ついでに少し店の改装をするという事だった。
その期間、尊を一人にするのも心配だから東堂の所で面倒を見て欲しいと・・・。
その事に、東堂は何も異論はなかったし、願ってもいない事だった。
尊の荷物を取りに行っている間、東堂は一人音羽の元に訪れていた。
コンコン
「ああ、今日は呼び出して悪いね。」
「いえ・・・。」
診察室に入ってきた姿を確認すると、人払をする。
「・・・この事は、ミヤ君は知っているのか?」
「・・・なんの事でしょうか?」
カルテを見ながら、音羽がそう切り出すが、東堂が動揺する事はなかった。
自分が何をしているのか、知っているから。
そんな態度の東堂に、音羽が血液検査の結果を目の前に出した。
「これは? 尊の血液検査の結果ですか?」
「ああ、そうだよ。 そこのFの値。それが異常に低くなってるんだ。で、こっちが前の結果。明らかに、その数値だけが落ちてるだろ? 」
「・・・。」
確かに、言われる通り数の値が低いが・・・・これが?
急に始まった説明に、理解が追いつかないでいると、音羽が続けて説明してくる。
「Fが示す値は、彼が正常にΩとして発情できるかどうかを表してるんだけど・・・、このまま低くなると、彼の身体は異常をきたすって事。」
「!」
検査表を見ていた顔がその言葉で、先生の方を見た。
「彼に、処方した薬はこの数値を正常に整えるが・・・、もしこの薬と反するモノを摂取していたら、彼は衰弱し精神異常をきたす様になる。それくらい、彼のF値の数値が良くない。」
「・・・・。」
思わず、自分の手に力が入る。見せられた結果が、尊にとって悪いという事はすぐにわかった。
結果を見ている東堂を冷めた様子で音羽は言葉を続けた。
「それに、僕が処方したもの以外・・・、どんなものかも判らないモノ。どんな副反応を起こすか判らないしね・・・・。」
鋭い視線が東堂に突き刺さる。
このまま、抑制剤と一緒効果の反する薬を摂取し続けたら間違いなく尊は死ぬだろう。
尊が死ぬは嫌だ・・・。
「・・・、もし服用をやめたらどうなるんですか?」
「そんなの、普通に発情してヒートがくるに決まってんじゃん!! それが、普通なんだから。それを、今のミヤ君は無理やり起き無い様にされている状態なんだよ。そんなの異常な事なんだよ。」
「・・・異常か・・。」
その言葉が、突き刺さる。
Ωの側にαがいれば、普通Ωは本能でαを欲しがる。けれど、本能に感情はあるのか?
βの様に感情から求められる、求め合う事を望むのは・・・
異常なのかもな・・・。
東堂の顔に一瞬陰りが見えた。その顔を見た音羽からため息が漏れる。
「・・・、君の方の事情は知ら無いが、ミヤ君の事を想うなら抑制剤を飲ませるのはやめてほしい。それも、α用のなんてΩには毒でしかないんだ。」
諭す様に言われ、少し唖然として聞き返してしまう。
「・・・。話はそれだけですか?」
連絡を貰った時から、解っていた。ちゃんとした医師だったら、尊のあの状態を見過ごすはずがない。だから、ここに呼ばれた時から、覚悟はしていた。
緊急時以外での、バースの事なる処方薬の投与は・・・・
「ああ。そうだよ。 それと・・・・」
内線ボタンで、看護師を呼ぶと採血キットを持って診察室に入ってきた。
「君の血液検査もさせてもらうよ。」
ニッコリと微笑まれ、東堂は少し怯んでしまう。
カチャカチャと東堂の前に用意されていく。
「・・・拒否したら?」
俺を警察にでも突き出すか?
東堂がそう言い返せば、音羽は心底意外そうな顔で東堂を見る。
「おや? 逆に、何か問題でもあるのか?」
・・・問題はある。
尊の血液数値に異常が出ている様に、きっと俺にも出ているだろう・・・。
だからと言って、俺自身が抑制剤を飲むのを止めるつもりは無い。
だったら、この検査は無意味なだけだけど・・・
「はぁ・・・聞いてみただけですよ。どうぞ、好きなだけ取ってください。」
「あはは。じゃー2リットルくらい貰っちゃおうかな〜。」
その発言に、背中が一瞬冷える。
え?? あ、そういう・・・あれだったのか・・・・?
これは、検査とかじゃなく??
「いや・・・それ、死んでる・・・。」
ゴムバンドで止血され、アルコールで腕の内側を消毒される。
針が腕に刺さる。
「・・・僕、それぐらい怒ってるんだよ・・・。」
音羽の目が笑ってない事に気がついた時には、もう針が刺さっていた。
「え・・・。」
心なしか、いつもより痛い気がする・・・。
どんどん血が抜かれていくのを見て、緊張してくる。
まさか・・・本当に2リットル・・・・
目の前の音羽は無表情で、注射器から吸い出される東堂の血液を見ている。
その顔に、東堂の鼓動は早くなっていく。
いつの間にか息をするのを忘れていた。
「はい! 終わり!!」
ぷはぁ・・・・
その言葉と同時に、肺に酸素が入っていく。
手元に試験管2本分。普通に検査で使う量に内心ホッとする。
あの時の目は、本気だった。
この医者・・・。
止血しながら、先生を凝視してしまう。
「何? そんなに見られると、先生Ωだから体疼いちゃう〜。」
クネクネしながらそんな軽口を叩く音羽に、唖然としてしまう。
「!!」
バチん とワザとらしいウインクをされて、遠くに逝きかけてた意識が戻ってくる。
・・・この医者!
「君、意外と年相応なんだね・・・。」
思わず、音羽の口から溢れた。
尊に連れられてきた時よりも、東堂の表情が柔らかい所為か・・・今日の彼をは、随分と幼く見える。終始、いたずらがバレて怒られるのがわかっている子供の様に、こちらの顔色を伺いなが見ていることに彼は気がついていたのだろうか?
確かに、彼のしていることは犯罪だけど、彼を警察に突き出した所でミヤ君が喜ぶとは思えない。それなら、彼自身がミヤ君に薬を飲ませることを止めればいい。そう思って、呼び出したのだが・・・。そんな顔されるとは思わなかったなぁ・・・。
問診票に書かれた生年月日を見て、少し驚いた記憶が音羽に蘇った。
「え・・・?」
言われ慣れてない言葉に、東堂が反応できないでると音羽が続け言った言葉に、東堂も素直に頷いていた。
「そっか、ミヤ君と同い年だっけ・・・。」
さっきまで殺気すら感じた音羽の瞳に、慈愛の色が見えたのが東堂にもわかった。
それまで、無意識に緊張していた東堂の体から力が抜けた様だった。
素直に頷く、東堂に音羽の対応も幼い患者に対する様なものへ変わっていった。
彼は、ミヤ君の事をどれだけ知っているのだろうか?
抑制剤を飲ませてまで・・・なんで、発情を抑えていた?
発情の無いΩなんて、βと対して変わらない。
αにとって、発情しないΩを側に置く意味は何なんだ?
そう思ったら、思わず口にしてしまっていた。
「・・・君は、ミヤ君が元βだった事は知っているのかい?」
本来なら、患者自身の事をいくら付き合っているとはいえ、まだ番にもなっていない相手に、本人の許可なく話すのは医師としては許されない。
東堂もその言葉に、少し考えてしまう。
この先生は、一体どこまで尊の事を知っているのだろうか?
尊自身はどこまで、この先生に話をしたのだろうか?
腹を探り合うにもこの先生相手には、自分は不利なんじゃないか?
なら、話てしまった方がいい。
「・・・知ってます。・・・高校の・・・。」
珍しく、東堂が言い淀むと、聞き取れなかったのか先を促すように先生が聞き返した。
「う、ん?」
「同級生なんで・・・。」
その言葉に、先生は一瞬言葉を失った様だった。
最初のコメントを投稿しよう!