82人が本棚に入れています
本棚に追加
家政婦 市原は見た(家政婦視点です)
キッチンで、高雅は食事を作っている所に、家政婦の市原が出勤してきた。
「おや? 高雅坊ちゃん、ご自分でお料理なされてたんですか?」
「あぁ。 良かったら、市原さんも味見してくれないか?」
「あらあら、よろしいんですの? 高雅坊ちゃんの手料理なんて、何年振りでしょうか?」
「さぁ?」
そう言われて思わず、考えてしまう。
家政婦の市原は、雅がもともとお世話になっていた家政婦で幼い頃から高雅の事も面倒見てくれていた。高雅の父親に引き取られた後も、雅を通して市原は高雅に弁当を持たせてくれる事もあった。自分で、会社を立ち上げたのをきっかけに、週に何度か部屋の片付けや、食事などを頼む様になったが、高雅にとっては母の様な存在でもあった。
そんな彼女に、さも当然の様に聞かれて、高雅も思わず考えてしまった。
こんな風に、キッチンで並んだ事などあっただろうか?
受け取った小皿で味を確かめながら、市原が面白そうに笑みを浮かべて小皿をシンクへ入れた。
「ふふ・・・、今回が初めてですよ。」
「・・い、市原さん!? 」
「ああ、もう少しお塩入れたほうが良いですね。」
言われるままに、鍋に塩を少し入れる。
市原に揶揄われた高雅の耳がほんのり赤くなっているのを見て、市原はまた微笑んでしまった。
元は、市原は高雅の母の実家の家政婦であった。叔父の雅が独立と共に市原も家を出た為、高雅の母が高雅に対して行ったていた行為を全て知ることになったのは、高雅が高校へ入った時だった。市原自身はβであり、3人の子供を育て上げた母でもあったから、高雅の母が行った行為に酷くショックと共に怒りを覚えた。すでに、雅の元に仕えていたので、少しでも高雅の生活に役立てるのならと、弁当などを時折差し入れて貰っていた。
高雅が企業する時も、雅に高雅の所にお手伝いに行けたらと市原から雅に打診をした。
自分の息子よりも若い高雅が一人で、全てをやってしまう事が市原にはとても寂しく思えてしまったのだ。
αなだけあり、高雅は料理本を見ただけで、ある程度の事は出来てしまったが、家で一人の時は市原が用意しなければ食べる事もなく、キッチンに空の酒瓶だけが置いてあることも度々あった。職場の仲間と、立ち上げ当初は外食をする事もあったが、最近は会社の規模が大きくなったのかその頻度も減っていた。
そんな高雅が、キッチンで何やら料理をしている姿に、市原は驚きつつも嬉しくあった。
最近、夕食の用意で無く、部屋の片付けのみを頼まれる様になり、また前の様な生活になってしまったのかと心配したのだが、食事を抜いた形跡も、空の酒瓶が増えた様子も無かった。そうなると、今度は高校時代の様に不特定多数の相手の元にフラフラとしているのかとも思ったが、それなら雅は市原に監視する様命じるだろうと思った。
市原は時折、ダイニングに置かれていたCDの存在にふと思い当たったのだ。
高雅の元へも仕える様になった日、初日のお手伝いは部屋の片付けだった。
このマンションへ越してきた時に、高雅が大事そうに一枚のCDと高校のアルバムを寝室に持っていったのを市原は見ていた。
その時は、そのCDがヒーリングミュージックであった事から、高雅の精神的疲労を心配したがどうやら、そうでは無いのでは?と3人の子を育てた母の勘が告げていた。
一度、CDを掛けたまま、ダイニングでうたた寝をしていた高雅を見かけた事があった。
本を見ていたまま寝てしまっただろうか、机にうつ伏せになって寝ている高雅に肌掛けをかけようと近寄った気配に、高雅が飛び起き本を隠されてしまった。
・・・そういえば、あの本は・・・アルバムだった様な?
CDケースに貼られた高校の所蔵シールに、高校のアルバム・・・。
「お相手は、学生時代の方ですか?」
「え・・・?」
鍋を混ぜていた高雅の手が止まり、市原の方を驚いた顔で見た。
みるみると、赤くなっていく高雅の姿に、市原も驚いてしまう。
「おやおや、まぁ・・・。ほほほ・・・。高雅坊ちゃんもまだまだ可愛いところがお有りのようで・・・。」
雅に聞いていた高雅の高校時代の話だと、高雅は毎晩、不特定多数の相手の元で過ごし、呼び出されはしないものの、学校生活にも馴染めていない様だった。そんな高雅が、自分の城に持ち込んだ、思い出の品は高校のCDとアルバム。
それは、忘れたくない程の思い出だったのかと思い、市原は胸が痛くなったけど・・・
そうか・・・、高雅坊ちゃんには大切な思い出だったんですね。
終始、笑顔で見てくる市原に高雅も照れ臭さから、つい悪態いをついてしまう。
「明日は、市原さん、来なくてもいいんで!!」
「おやおや、かしこまりました。」
「あと、寝室の掃除は必要無いから。」
「はいはい、最近は言われなくても掃除しておりませんよ。」
「そう・・・ならいい。」
鍋の火を止め、そっぽを向いて高雅はエプロンを外し、ダイニングの方へ向かう。
そのあとを、市原がついていくと、ダイニングに用意してあったジャケットを羽織った。
「おや? 坊ちゃん、どこか行かれるのですか?」
「ああ、今日はもう戻らないつもりだから、それ冷めたら冷蔵庫に入れといて下さい。」
「あら、かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「行ってきます。」
玄関まで見送り、市原はキッチンへ戻り粗熱の取れた鍋を、冷蔵庫へしまおうと冷蔵庫を開けると、他に下ごしらえされた食材を中に見つけて思わず声を出して嬉しくなってしまった。
「あらあら・・・まぁ。高雅ぼっちゃまったら。ほほほ・・・」
この市原にも、いつか紹介してくださいませ。
なんて、思っていたが、こんなに早くお相手の方にお会いできるとは・・・。
なるほど・・・、高雅坊ちゃんは面食いでしたか・・・。
最初のコメントを投稿しよう!