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叔父さんのターン(宝城 雅視点)
あの日、零に高雅に頼まれたと書類を受け取った日。東堂高雅の叔父である、宝城雅は高雅の様子から、あのリストもしくはオメガナイトの日に何か有ったんだと、直感した。
だから、高雅には悪いと思いつつも、身辺調査を行っていた。
高校時代、高雅自身がクラスメイトと馴染む事が出来なかった事から、特に目立った事をしてくる子達はいなかった。また、高雅の父「東堂」の姓を名乗る事で、必要以上に媚を売るものもいなかった。純粋に、高雅のαとしての魅力に惹かれアプローチしてくる子達は、高雅自身によって排除されていた。
宝城家とは、αの中でもトップクラスに入る企業の一つだった。雅はそこの法律関係の弁護士事務所を任されていたが、高雅が企業する際に、雅自身が受け持つ比重を高雅の会社へとシフトしていた。高雅の父親である、東堂自身も宝城からはすでに縁を切り、自身が代表を務める会社を立ち上げていた事から、高雅自身の企業も最初は親の七光りなどと業界では囁かれたが、高雅自身は全く興味が無かった様だった。
雅自身、高雅と深く関わるようになったのは、高雅が繁華街で補導される様になった頃だった。
一度高雅が、抑制剤の過剰摂取で路上で倒れているのを、保護された事があった。
部屋に戻ってきた痕跡が無い事に心配した家政婦の市原から連絡を貰った雅が、何度も携帯にかけた事で、保護した刑事に話を聞くことが出来た。
それが、まさか・・・
水谷零だったとは・・・。偶然とは、恐ろしいな・・・。
あれは、雅が宝城のクライアントとの打ち合わせの帰りだった。
駅へ抜ける近道に選んだ公園での出来事だった。
今では、宝城の名もあり負けなしの弁護士でもある雅だが、その時はまだ駆け出し弁護士で移動も電車やバスだった。その日も、事務所まで電車で帰るつもりで、人気の無い公園を通り抜けるつもりだった。
公園の中央付近に差し掛かると、茂みから人の叫び声が聞こえた気がした。
その瞬間、雅はカバンを投げ出し声のする方へ駆けていた。
そこで、運命の出会いをしてしまったと、後に酔っ払った雅が高雅に教えてくれるのだが・・・それはまたの機会。
その時、道に後ろから石で殴られたのか、血を流して倒れている青年を見つけ、抱き起こすと雅にその青年は、悲痛な声で助けを求めた。
「弟を助けて!」
「えっ?」
周囲を見渡すと、奥の茂みの方が動いた気がした。
その青年を、ベンチに座らせ携帯で警察に連絡しながら、茂みに近寄ると、口を塞がれているのかくぐもった声での叫び声がした。
「んんうう!!! んんん!!!!!」
「お前が悪いんだ、お前が・・・。僕というものがいながら、他の男に色目を使いやがって!!」
馬乗りになった男が、ひたすら下敷きにしている子に暴行を働いていた。
男の横にナイフがあるのが見え、下手に刺激しない様にと静かに男の背後で様子を伺っていた雅と、殴られ腫れた顔で男の後ろにいた雅と目があった瞬間。殴られていた子の瞳から涙が溢れた。
助けて。
そう聞こえた瞬間、身体が動いていた。
「オイ!!! 何してるんだ!!!」
馬乗りの男を蹴り飛ばし、今度が雅が馬乗りで男の顔を殴った。
男は、下半身を出した状態で何をしようとしていたか一目瞭然だった。
もし、自分があの時この公園を通らなかったら、この子はどんな目に遭っていたのかと思うとゾッとした。
「先日は、ありがとうございました。あなたが、通りかからなかったら弟は・・・」
あの日、頭部を殴られた青年が、零だった。
襲われていた弟より、先に退院した零が雅の事務所に挨拶にきた。
「いえ・・・、なんと言ったらいいのか・・・。・・・もし、裁判で争うのであれば、私も力になりますので・・・。」
「ありがとうございます。」
そう言って、名刺を渡した雅だったが、その当時の雅では力になることは結局出来なかった。
「ごめん、私に力が無いばかりに・・・。君に辛い思いをさせて・・・。」
「そんな事ないです!!雅さんが助けてくれなかったら、僕は・・・。」
ポロポロと涙を流す少年を思わず、雅は抱きしめてしまう。
甥の高雅と左程歳の変わらない少年は、水谷 澪(ミオ)といい、零とは歳の離れた兄弟で珍しくβの両親から生まれたΩの双子だった。
あの日、澪は双子の兄に間違えられて襲われたのだ。
ストーキング行為をされていた澪の兄 雫(シズク)は澪と途中まで一緒に居たのだが、雫の交友関係の事で口論になり、怒った雫が先に帰ってしまい、兄である零が澪を迎えに来たのだが・・・、それを新しい男だと思ったあの男が、澪を雫と見間違えて襲ったのだった。
途中、殴られている時にあの男は、雫でなく澪であることに気が付いたが、同じ顔が歪む姿に興奮したと供述していた。
けれど、その男はギリギリ未成年という事と、相手がΩである事。
何より、その男の親戚に権力を持ったαが居た事で、大した罰も受ける事なく事件は幕を閉じた。
その事に、新米警察だった零は酷く絶望し、同じ様に雅も自分の力不足を痛感した。
澪が入院中は、時間があれば顔をだし世間話をするようになっていた。
零とも、澪の所で顔を合わせる事は何度かあった。
そして、澪が成人を迎えた時、宝城の反対を押し切り雅は澪と番になった。
雅自身も日常的に抑制剤を服用していたが、澪に好意を寄せられ覚悟を決めた頃から抑制剤の服用を控えるようにしていった。そして、澪の発情フェロモンを嗅いだ時、本能で運命だと感じたのだった。
けれど、高雅にはまだ一度も番である澪に会わせた事は無かった。
高雅自身、αとしてまだ未熟であり、番のいないαに年甲斐もなく雅は、自分のΩを合わせる事なんてしたく無かったのだ。
・・・俺も大概、心の狭い男だよな。
そう何度思った事か・・・。
だからこそ、高雅の様子が気になったのだ。
自分を見もしなかった男を愛し手に入れようとした姉の様に、高雅も手に入らないとわかっても執着してしまうのではないか・・・?
運命の番に出会った自分ですら、高雅の様に若いαに自分の番が取られてしまうんじゃと心配になるのだから・・・。
番にもなっていない、高雅の不安を思うと雅は心配でしかなった。
「だからって、甥の事調べるか?」
「うるさいですよ、義兄さん。あなたは、気にならないんですか?」
「まぁ、気にならない訳じゃないけど・・・、オレは高雅に雅さんと違って頼られてますから。」
「あ? 寝言は寝て言えよ?」
「・・・ブラコンかよ。 はぁ・・・、これ高雅に頼まれてた資料。」
未だに睨んでいる、雅に零が封筒を手渡す。
高雅が、零に連絡をしてきた事を聞いた雅が、事務所に呼び出したのだった。
丁度、零自身も高雅に頼まれていた件があったので、雅に代わりに渡すように託したのだった。
「・・・私が中を見ると思わないんですか?」
封のされた封筒を手に、雅が零を見ると、零が目を細めて笑う。
「オレは刑事だぞ? 相手は見ている。 それに、雅さんは高雅に嫌われたくないだろ?」
「はいはい・・・。人の良い叔父さんは、可愛い甥っ子の伝書鳩になりますよ。」
「そうしてくれ。ああ、もし何かわかったらオレにも共有しろよ? 弟婿くん」
「はぁ・・・、わかりましたよ。お義兄さん。」
そんな会話を先日したと思ったのに、まさかこんな事になるなんて思わなかった。
高雅が病院に運ばれたと、零から連絡を貰った時は夢であって欲しいと思った。
事務所の引き出しから、届いていた報告書を取り出す。
宮嶋尊とは、高校時代の同級生でありオメガナイトの夜に偶然再会した。
そして、同時に高雅に送られてきたリストの中に彼の名前が有った。
出会いとしては、偶然が重なったんだと思った。
けれど、重なりすぎる偶然は、運命なんじゃないかと雅は報告書を見て思っていた。
あの時のあの男が、高雅達の高校上級生で・・・
今回、狙われた子はΩになって高雅と再会するなんて・・・。
だからこそ、高雅は宮嶋尊に対して抑制剤を投与していた可能性を感じ胸が痛んだ。
今の高雅に、この結果を受け入れる余裕があるのだろうか?
引き出しから、もう1通の封筒を取り出す。
高雅の部屋に送られていたものを、家政婦の市原が雅に渡したのだったが、市原はそれが何かは知らなかった。徐に、ペーパーナイフで封を開け中身を確認した雅は、全ての書類を持って高雅の病院へと急いだのだった。
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