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公平おじさんと叔父さん(2)
「え? 公平おじさんが、オレの後見人に?」
いつもの様に、高雅の病室に見舞いに来ていた尊に付き添っていた公平が、病院のカフェで尊にそう切り出した。
実質、未成年で両親を亡くした尊に変わって色々な手続きを手配したのは公平だったが、公的な関係はただの他人だった。
「後見人と言っても、もう尊も成人しているから、特に何も変わらないともうけど・・・、尊自身に何かあった時に、僕が出来る事があるなら・・・と思ってね・・・。」
その言葉に、尊自身も思い当たる事があった。
成人している事から、事件の時も、入院の時も、全てを尊自身が手続きをしたのだった。
説明を受ける時も、公平おじさんは席を外す様に言われてしまった。
両親を事故で亡くした後すぐに、公平の養子になる話もあったが、公平自身も尊自身も気持ちの整理がつかないまま、尊は無事に成人していた。
それを今になって、公平が後見人などと言い出したのには訳があった。
「え? 尊のマッチングを止める? そ、そんな事出来るのか?」
高雅の叔父である雅が「尻拭い」と称して、公平に話た内容は尊と高雅のマッチングを停止させる事だった。
βである公平でも、国の政策であるマッチングリストの事を知っていたが・・・
「ああ。まぁ、そんな難しい話では無い。ただ、時間と手間がかかる上に、相性の良い相手に出会う機会が減るからやるΩやαがいないだけだ。いたとしても、それは・・・・」
「・・・あぁ。」
雅が続けなかった言葉に、なんとなく公平は想像がついた。
『性犯罪にあったΩは特例により、マッチングを停止する事が可能』
そんな一文を、尊の送付された書類に見た気がする。けれど、それは尊の心情を考えると・・・・
公平は、なんとも言えない表情になっていた。
「ただ、止めるのは高雅も一緒だ。」
「え? か、彼はαですよね?」
αの高雅がマッチングを止める? それは、何か意味があるのか?
Ωは、救済処置としての意味があるが、αが止める利点なんてあるはずがなかった。
αは元々、Ωであれば何人も番が持てる。それを義務であるマッチングを停止するなら、それなりの手続きに費用が発生する。
それが、何故尻拭いなんだ?
訳が判らないでいる公平に、1通の書類を差し出した。
「・・・これは?」
恐る恐る手に取り、中身を見る。
思わず、雅の顔を見上げると、初めて目があった。
その表情には公平も覚えがあった・・・。
涼子が、いつも尊や自分達に向けていた表情と同じ・・・・
「私は、可愛い甥を見守ってあげたいんですよ。」
「・・・それで、私は何をしたら良いんだ?」
本来、手続きには本人の同意と医師、そして家族の同意があれば可能だったが、尊には家族がいなかった。親戚はいるが、今では縁を切っている状態で、こんな事を頼む事は不可能だろう。
だから、公平に後見人となってもらい手続きをして欲しいという事だった。
「・・・この事は、二人には?」
「・・・高雅には伝えないつもりだが、尊君は知る権利があるとは思っている。けれど、変な先入観を与えたくは無いとも思っている。だから、尊君の保護者である貴方に一任したいと私は思っています。」
「・・・はぁ。それは・・・随分と勝手な事じゃ無いですか?」
「・・・だから、言ったじゃないですか。私は甥が可愛いんですよ。」
もう、この男にコーヒーを浴びせる事は無いだろう・・・
窓に映る自分の顔を見て、公平は思わず苦笑してしまう。
あの日の、雅と同じ顔で尊を見ていた。
黙ってしまった尊に、公平が続ける。
「尊が嫌だったら、宝城さんにお願いしても良いんだけど・・・。」
「いや、公平おじさんが良いです。むしろ、公平おじさんに迷惑かからないですか?」
「迷惑だと思った事なんて今まで無いよ。君は、僕の息子の様なものなんだから。」
「・・・公平おじさん。」
「それに、尊に番が出来たら僕の出番は無くなっちゃうからね。」
「!!」
さっきまで、しんみりした空気だったのが一気に変わる。
尊の表情が、くるくると変わるのを見て懐かしい気持ちになる。両親が生きていて頃の尊は、よく笑い、よく泣いた。親友の残した忘れ形見。その顔がまた見れる様になって本当に良かった。
カランカラン
「いらっしゃいませ。 っと、あんたか。カウンターにどうぞ。」
「いや・・・、今日は後からもう一人来るんで、あそこの席いいかな?」
「・・・珍しいな。」
雅は、高雅の入院中何度となく公平のカフェに足を運んでいた。
公平一人で回せる様に、カウンターと入り口奥にボックス席が一席。
夜のバー営業はなくなり、その分昼の営業が少し長くなった。
バイトでいた子達には、別の仕事先を紹介しみんな移って行ってもらった。
昼時は、そこそこ混むが夕方になると公平一人でも十分だった。
改装前は気が付かなかったが、改装後一人で店を回す様になり何人かの常連さんがいる事に公平は気がついた。その中に、どことなく懐かしさを感じる青年がいる事も。
雅の席に、いつものブレンドを運んで少しすると、常連の青年が入ってきた。
「ああ、いらっしゃい。」
「あ、あの・・・。」
「? 今日は、飲んで行かれますか?」
「あ、いや・・・その・・・。」
いつもの様にテイクアウトかと思ったが、違うのか少し迷った様子の青年に奥の席から声がかかる。
「ああ、こっちだ。」
雅が席から、青年に手を挙げて合図すると、ほっとした顔をした。
「何だ、知り合いか?」
「あ、はい。」
「そしたら、あの席にいつもの持っていきますね。」
「はい! お願いします。」
ああ、やっぱり彼の笑顔は懐かしい気がする。
彼が毎回注文するのは、少し甘めに作ったカプチーノ。
涼子と初めてのデートで入った喫茶店で、カッコつけてコーヒーを頼んだ公平がその苦さに苦戦してたら、涼子が自分の頼んでたカプチーノと交換してくれた事があった。そんな思い出のカプチーノを公平は自分の店でも出していた。
涼子もそれを覚えていてくれたのか、一緒に過ごした日々にこのカプチーノは欠かせなかった。
だから、ついこのカプチーノを毎回注文してくれる青年の事はすぐに覚えたのだった。
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