孤毒

3/9
前へ
/9ページ
次へ
 莉奈は聡明な子だった。高校で友だちのいない私に唯一話しかけてくれた、優しい子。当時デビューしたてのアイドルグループを好きだということと互いに片親だという共通点から、ごく自然に私の隣には莉奈がいた。  薄い顔立ちで、決して目立つ子ではなかったけれど、成績優秀で生徒会にも所属していた彼女。体調不良でやむを得ず休むことはあったものの、無遅刻で真面目。彼女以上に信頼に足る者は他にいない。私も周りも、莉奈にはそういう面で安心感を抱いていた。  それがよくなかったのかもしれない。他人に期待はしないこと。心得ているはずなのに、莉奈は近くにいすぎたからか、勝手に安全枠だと思い込んでいた節がある。  高校を卒業した後、彼女は地元の公立大に受かった。 上京して製菓の専門学校に行った私とは違い、将来有望、いわゆる一般職に就くにはほぼ安牌だった。  しかし彼女は大学を中退してしまった。理由は大学教授との恋愛沙汰だった。  大学デビューを果たし、ずいぶんと垢抜けた莉奈は大学で13コも上の教授と付き合った。かわいくなったことも彼氏ができたことも、当時の彼女のインスタから見て取れた。『垢抜けたね。彼氏?』とインスタのストーリーに返信だってしたのだ。  私から見れば、彼女と教授のお付き合いは順調だったように思う。LINEでいろいろ話を聞いていた限りは幸せそうだったし、実際、大学2年で成人式のために帰郷した際に莉奈と会ってもその印象は変わらなかった。やっぱりかわいくなったな、と再認識して私は東京に戻ったのだ。  しかし、大学3年の夏、彼女はインスタのアカウントを消した。LINEで『なんで消したの』と聞けば、『大学辞めた』と返ってきた。  結局、教授が実は既婚者だった、という彼女が大学を辞めるに至った最悪の事情を教えてくれたのは、LINEでのやり取りを何ターンかしてからだった。  後悔があるとすれば、そのとき帰らなかったことだ。親友の絶望をわかっていて、でもどこか他人事で、結局私は目の前の自分の用事を優先した。テキトーに慶弔行事を偽って大学を休んで、片道2時間の飛行機のチケットを取ればよかったと、今になって思う。当時の莉奈に会って何を言えばいいかなんてわからないけれど、会っていれば何か救えるものもあったかもしれない。 「今ねぇ、莉奈お風呂屋さんで働いてるの」  夜道を歩きながら、ベタベタした話し方で言う。 「お風呂屋さん?」 「男の人とエッチなことするの。いーっぱい稼げるんだよぉ。そのお金でかっこいい男の人を幸せにしてあげるの」  増えたまつ毛と二重。くるくるな髪、尖った爪と鼻。収入分で顔を変え、ホストに費やす莉奈に、もう昔の面影はない。 「…そう」  変わってしまった彼女には、ファミレスのデザートを共有する余裕さえ存在していないのだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加