探偵助手は愛犬とバディを組む

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薄暗い部屋のベッドに起き上がった人物は、頭と顔をすっぽりと白いマスクで覆われていた。(のぞ)いた目の部分だけがキラッと光って、僕は思わず声を上げてしまった。 「うわあっ」 「兄さん!」 冬馬さんが部屋へ飛び込んでベッドに近づく。 「どうしたの。また痛むの?」 「ああ…、薬が切れたみたいで、顔が焼けるように痛いんだ…」 「ちょっと待ってて」 冬馬さんは慣れた様子で薬と水の入ったコップを手渡すと、男性が薬を飲むのを見守った。 彼が息をつくと、冬馬さんが声をかけた。 「兄さんのファンだよ」 「俺の…」 (うつ)ろな声で僕らを見ている。 ファン? じゃあ この人が 本物の安西冬馬なの? 「…ごめんなさい。具合が悪いのに」 僕がやっとのことで言うと、思いがけなく優しい声が答えた。 「大丈夫。今日はずいぶんいいんだよ」 本物の冬馬さんはベッドの(かたわ)らにやって来たアルを抱え上げた。彼の表情は見えなくても、アルを撫でる手には優しさが感じられた。 間もなくお世話をするお手伝いさんが来ると、僕らはまた居間へと戻った。 ソファに座って達ちゃんがため息をついた。 「あなた方は、二人で一人だったんですね」 「はい」 夏彦さん─僕が冬馬さんだと思っていた人─は、悪戯(いたずら)が見つかった時の子どもみたいに、照れ笑いで頷いた。 「別に(だま)すつもりはなかったんです。双子の兄とは昔から仲がよくて、二人とも文章を書くのが大好きでした」 初めにデビューしたのは冬馬さんだった。 連載を抱えて大忙しだった彼に、エッセイのオファーがあった。 「兄が冗談のつもりで僕に書かせたのが評判になっちゃって。依頼も増えて僕が手伝うことにしたんです」 二人三脚は快適だった。 でも、冬馬さんが事故に遭って、そのバランスが崩れてしまった。 「介護は大変な労力ですよね。毎日のことだから」 達ちゃんの言葉に、夏彦さんは頷いた。 「兄は人付き合いが苦手でしたから、僕がここに来るまでは誰とも関わりがなくて。あの事故で二人とも生活が一変しました」 後遺症が酷い冬馬さんは、小説を書けなくなってしまった。休載も考えたけど、顔も心も傷ついた冬馬さんは事故のことを知られるのをひどく怖がった。 見かねた夏彦さんは小説を書き始めた。 慣れない恋愛モノに筆は止まりがちで、付きっきりで冬馬さんのお世話をしているうちに、夏彦さんも気分が落ち込むことが増えていった。 苦し(まぎ)れに書いたのがあのシリーズだったのだ。
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