36人が本棚に入れています
本棚に追加
次の日、僕は学校から帰ると、散歩に行くことをママに告げてアルを連れ出した。
同じ時間に同じ場所で観察すれば、何かあった時に気がつきやすい。これは達ちゃんのアドバイス。
朝と夕方は涼しくて長袖が欲しくなるけど、まだ太陽は温かくて、走ってきた僕らは汗をかくほどだ。アルも地面に寝転んで舌を出している。
手がかりはこの公園に最近来たことぐらい。
それだけじゃ雲をつかむような話だけど、まずはそこからだ。
『僕が君を守るからね』
咲花ちゃんには心の中で誓った。
僕はベンチに座って自販機で買ったジュースを飲みながら、通りすぎる人をぼんやり眺めていた。缶が空になるとため息をついて、退屈し始めたアルに急かされるように公園を後にした。
偵察(!)を始めて3日目のことだった。
うわ 綺麗な人だな…
スラッと背が高くて、顔も長い髪もとても素敵な…、男の人。
テレビで見る芸能人みたいだ。
男の僕もその美しさに目を奪われて、ふと気づくと足元のアルがいない。きょろきょろしていると、誰かの声がした。
「あれ。君はどこの子? 飼い主さんは?」
僕がはっとしてその声の方を見ると、さっきの綺麗な男の人がアルを胸に抱えて優しく話しかけていた。また首輪が外れちゃった。もう新しいのを買ってもらわなきゃね。
「すみません。僕の犬です」
「よかった。迷子かと思ったよ」
「ありがとうございます」
アルは男だからか女の人が大好きなんだけど、この人があんまり綺麗だから勘違いしたのかな。そのくらいオーラがあふれてて、僕は彼の仕草に見惚れてしまった。
「散歩?」
「はい。アルがここを気に入ったみたいで…」
「僕と一緒だね」
彼はふわっと笑った。
「家はすぐ隣なんだ。息抜きによく来てるよ」
「ここは広くて気持ちいいですね」
冬馬さんはベンチにゆったりと腰かけた。
面食いのアルが、嬉しそうにその膝に前足を掛ける。
おい 飼い主は僕だぞ
アルの手のひら返しはちょっとムカつくけど、おかげで素敵な人と知り合いになれたから、まあいいか。
「家で仕事をしてると、時々煮詰まってしまうからね」
「お家でお仕事ですか」
冬馬さんは楽しそうに笑い声を上げた。
「君の考える『仕事』はスーツで会社に行くイメージだろう?」
「はい」
「僕はね、文章を書くのが仕事だよ」
「…小説とか?」
「うん。それに紀行文、旅行日記みたいなものとか頼まれれば色々」
「凄い。優雅ですね」
素敵な人は職業まで素敵なのか。
達ちゃんが聞いたらぶうぶう言いそうだ。
『どうせ、俺は卑しい商売だよ』
「そう? 実際の僕の姿を見たら、がっかりするんじゃないか」
「どうしてですか」
「書ける時はいいよ。捻っても絞り出してもアイデアや言葉が思いつかないことだって、しょっちゅうある。イライラしながらコーヒーや煙草に逃げてる時なんか、ここにシワが寄ってて自分でも嫌になるよ」
冬馬さんは眉間に指を当てておかしそうに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!