5

1/1
前へ
/17ページ
次へ

5

「トラちゃんただいま。あ~、今日も疲れたよ。仕事で使ってるパソコンが何度もフリーズしちゃってね」 薄手のコートをリビングの椅子にかけながら、窓際の僕に語りかけてくる彩乃(あやの)ちゃん。 聞こえるはずもないがおかえりと言ってみる。 「初樹(はつき)くんはね、お仕事で帰り遅いんだって」 今日も残業? もう何ヶ月もそうじゃないか。 「土日も出勤するって言ってた。頑張ってて凄いよね」 また? 最近休日出勤も珍しくないよな。 それに家にいたとしても仕事部屋にこもってばっかり。 「あ、私別に寂しくないよ?トラちゃんもいるから寂しくない」 彩乃(あやの)ちゃんは僕の隣に飾られた初樹(はつき)とのツーショット写真を嬉しそうに眺めた。 僕と出会う直前の、挙式の時の写真。2人は顔を寄せ合って、それはもう幸せそうに微笑んでいる。 「トラちゃん、あのね。お耳、ずっと重くてごめんね」 あ。 そっか。 気づいてないわけないよな。 僕の左耳には、実はもうずっと初樹(はつき)の指輪が収まりっぱなしなんだ。 初樹(はつき)が指輪をつけなかったある朝、彩乃(あやの)ちゃんもどうしてって聞いてたっけ。 ―今朝は指がむくんじゃって。太ったからからかもなー 腹をたたいて笑った初樹(はつき)は確かに前よりは肥えた気もするけど。 そう言われて頷くしかない彩乃(あやの)ちゃんが悲しそうな顔をしていたの、あいつだって見てたくせに。 結局その日を境に初樹(はつき)は指輪をしなくなった。 ああ、僕が本物の猫だったらな。 初樹(はつき)の尻をひっかいて、抗議してやるのにな。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加