17人が本棚に入れています
本棚に追加
4.一つの命令
真実に振られてから、学校でまとわりついてくる女子と絡むようになった。
どうでもいいから、名前は覚えていない。
キコとかキホとか、そんな名前だった気がする。
その女子は放課後、ぼくの家に向かう途中で、甘いものが食べたいと言い出した。
うちの近くにはコンビニもスーパーもない。
ないことはないけれど、徒歩ではちょっとした修行になってしまう。
ぼくは近所にある、真実の両親が経営している洋菓子店を紹介した。
白を基調とした清潔な店内は、生地がサクサクに焼き上がったいいにおいで満たされていた。
女子はつややかなキャラメルタルトを選び、ぼくは渋みの効いていそうな抹茶シフォンを注文した。
会計後に真実のお母さんがイートインスペースを案内してくれたけど、ぼくは断った。
改めてぼくの家に向かい、自室で箱を開ける。
上品な抹茶の香りが漂う。
フォークでシフォンを口に運ぶと、舌の上で、生クリームがじゅわあと溶けた。
震えながらかじったバニラアイスとはちょっと違う、まろやかで濃厚なコクが、空気をたっぷり含んだふわふわスポンジの小部屋に入り込む。
ぼくはこのおいしさに耐えられなかった。
「おいしくないな」
「え」
女子がびっくりした顔でこちらを見た。
「そう、かな」
たぶんぼくの意図がわかっていない。
ぼくは一つのお願い、いや、命令をした。
「きみ、真実と同じクラスだよね。味がしょぼかったと本人に聞こえるように広めておいてよ」
彼女は真実がぼくを振った相手だと知っている。
ぼくをじっと見つめた。
そして「誠くんが言うなら」と笑った。
イケメンは「王子」なんだ。
王子は、すべての民を従わせることができる。
ぼくは自分が何を言っているのかわかっていた。
真実に、ぼくと付き合わなかったことを後悔させたかった。
何より、その日はイライラしていた。
窓際の太っちょ――バスチアンが、今日もくしゃみをしていたのだ。
「こういう反射ってさ、犬ももってるらしいよ」
そんな知識を披露して。
本当かどうかは別として(ぼくの記憶が正しければそれは犬ではなく猫だ)、こいつを許さない。
25%という誇り高き少数派を、犬とひとくくりにするなんて。
イケメンのぼくを、狭いショーケースで売られる哀れな動物というのか。
ぼくは抹茶シフォンを高級な紅茶で飲み込んだ。
そして女子の肩を抱き「今度はもっとおいしいお店を紹介するよ」とささやいた。
だってぼくはイケメンだから。
デートを近所の小さな店で完結してはいけないんだ。
真実のお母さんのやさしい笑顔が浮かんだ。
こんなぼくを、どうか叱ってほしい。
最初のコメントを投稿しよう!