4.一つの命令

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4.一つの命令

真実に振られてから、学校でまとわりついてくる女子と絡むようになった。 どうでもいいから、名前は覚えていない。 キコとかキホとか、そんな名前だった気がする。 その女子は放課後、ぼくの家に向かう途中で、甘いものが食べたいと言い出した。 うちの近くにはコンビニもスーパーもない。 ないことはないけれど、徒歩ではちょっとした修行になってしまう。 ぼくは近所にある、真実の両親が経営している洋菓子店を紹介した。 白を基調とした清潔な店内は、生地がサクサクに焼き上がったいいにおいで満たされていた。 女子はつややかなキャラメルタルトを選び、ぼくは渋みの効いていそうな抹茶シフォンを注文した。 会計後に真実のお母さんがイートインスペースを案内してくれたけど、ぼくは断った。 改めてぼくの家に向かい、自室で箱を開ける。 上品な抹茶の香りが漂う。 フォークでシフォンを口に運ぶと、舌の上で、生クリームがじゅわあと溶けた。 震えながらかじったバニラアイスとはちょっと違う、まろやかで濃厚なコクが、空気をたっぷり含んだふわふわスポンジの小部屋に入り込む。 ぼくはこのおいしさに耐えられなかった。 「おいしくないな」 「え」 女子がびっくりした顔でこちらを見た。 「そう、かな」 たぶんぼくの意図がわかっていない。 ぼくは一つのお願い、いや、命令をした。 「きみ、真実と同じクラスだよね。味がしょぼかったと本人に聞こえるように広めておいてよ」 彼女は真実がぼくを振った相手だと知っている。 ぼくをじっと見つめた。 そして「誠くんが言うなら」と笑った。 イケメンは「王子」なんだ。 王子は、すべての民を従わせることができる。 ぼくは自分が何を言っているのかわかっていた。 真実に、ぼくと付き合わなかったことを後悔させたかった。 何より、その日はイライラしていた。 窓際の太っちょ――バスチアンが、今日もくしゃみをしていたのだ。 「こういう反射ってさ、犬ももってるらしいよ」 そんな知識を披露して。 本当かどうかは別として(ぼくの記憶が正しければそれは犬ではなく猫だ)、こいつを許さない。 25%という誇り高き少数派を、犬とひとくくりにするなんて。 イケメンのぼくを、狭いショーケースで売られる哀れな動物というのか。 ぼくは抹茶シフォンを高級な紅茶で飲み込んだ。 そして女子の肩を抱き「今度はもっとおいしいお店を紹介するよ」とささやいた。 だってぼくはイケメンだから。 デートを近所の小さな店で完結してはいけないんだ。 真実のお母さんのやさしい笑顔が浮かんだ。 こんなぼくを、どうか叱ってほしい。
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