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8.イケメンの定義
ぼくは真実の両親が経営している洋菓子店でバイトすることになった。
そして、年が明けたら雑誌モデルを辞めることにした。
週末、さっそく真実のお母さんからレジ打ちを教わった。
飲み込みが早いとほめられたけれど、店の業務はそれだけではなかった。
接客、製造、梱包、陳列、配送、清掃、在庫管理、設備点検。
一つ一つメモを取りながら、必死に食らいつく。
ケーキを食べるのは一瞬だ。
だけどそのおいしさの裏には、こんなにたくさんの仕事があった。
初めて接客したのは、近所に暮らすおばあさんだった。
ぼくは緊張で子犬のように震えていて、うっかりお釣りの小銭を落としてしまった。
必死に謝ったら、その人は大丈夫と笑った。
「あなた、いい笑顔ね。今度は孫と一緒に来るわ」
たくさんの失敗とありがとうの真ん中で、洋菓子の奥深さを知っていく。
ぼくはスイートもビターも、どっちも好きだ。
生地をこねる機械の清掃を任されたのは、1か月経ったころ。
ぼくは柔らかい刷毛で、部品の内側にこびりついた小麦粉のカスを落としていた。
空中に舞った粉が、鼻をくすぐった。
くしゃみが出そうになって、とっさにマスクでフォローした。
「この仕事してると、くしゃみ、出るよなぁ」
オーブンを拭いていた真実のお父さんが笑いかけてきた。
「おれもよく、出るんだよ」
ぼくは75%の人間になれたのだろうか。
なんでもない普通のくしゃみが出るということ、そしてそれを分かり合える人がいるということは、今はなんだかすごいことのように思えた。
自分が少数派だろうと多数派だろうと、今はもう、興味がない。
本田はいい奴だった。
地味で太っちょなのは何の問題でもなくて、すぐに気の合う友達になった。
お互いの誕生日にはここのケーキでお祝いしようと約束している。
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