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プロローグ
不幸の基準は、なんだろう…。
佐原麻耶(サハラマヤ)は、愛車である黄色の軽自動車の運転席に座り、人気のない海岸線の道路脇にハザードランプをつけて、一人で夜の海を見ていた。
月明かりの中、キラキラと輝くような波と、誰もいない静けさの中に聞こえる穏やかな波の音は、麻耶の心を癒やしてくれた。
父が生きていた頃は、普通の家庭だった。
麻耶は父が大好きで、母よりも相談できる良き理解者だった。
母も父の事が大好きだった。
父を失った後、母は中学生の頃までは保険の外交員をして、私を育ててくれた。
高校生になった頃、知り合いの紹介で、母は夜のお店で働くようになった。
保険の外交員の時も平日の夜や休みの日に家にいなかったのが、夜のお店で働くようになって、更に麻耶と合う時間が減り、会話する時間も減っていった。
麻耶も、友達と遊んだり、バイトをしたりしていて、母の事を考える時間もあまり無かった。
麻耶と距離の生まれた関係に寂しさを覚えたのか、母は次々と恋人を変えて、家にはほとんど帰らなくなった。
時々会う母は、ほとんど他人のような関係だ。
そんな家には、色んな人がやって来た。
妻子ある男性と付き合った時には、『泥棒猫!』と、ドラマで聞いたことのあるようなセリフを言われて、家の近所を追いかけられてる姿も見た。
(ちなみに、この時私は車に乗り込んで逃げたので、その後どう落ち着いたかは知らない)
日系ブラジル人と付き合った時には、ブラジルに住んでいるはずの、日本語の出来ないその人の息子が、たった一人で家で留守番をしていて、外から帰ってきた私はその事に戸惑い、母に「一人にしたら可愛そうだ」と怒鳴った事もあった。
別れ方が悪かったのか、真夜中の無言電話に苦しむこともあった。
私は恋人が出来たことがなかった。
けれど、恋人とのトラブルや大人の一面を、母の恋愛を通して見すぎるほど見た気がする。
『私には親はいない。男もいらない。一人で生きていく』
そう心に決めたのは、当たり前の感情のように思えた。
ほとんど会わない母。
なのに、私を苦しめる。
涙が頬を伝う。
『なんで、こうなったかな…』
振り返っても、過去を見つめ直そうとしても、答えは出なかった。
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