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何回かのコールのあとで聞こえた声は、ぶっきらぼうな低い声だった。
「陽子(ヨウコ)の娘の麻耶です」
「…なんか用か」
「母が少しおかしいと思うんですが、どう思いますか?」
「おかしくない。変わらん」
「…でも、近所の人も心配してて…」
「他人が関係ないだろ。俺がいるから大丈夫だ」
「でも、病院で見てもらいたくて…」
「俺がいるから大丈夫だって言ってるだろ!」
…そのまま電話が切られた。
私は、悔しくて情けなくて悲しくて…、ただ涙が溢れた。
「私だって好きで電話したわけじゃない!アンタの方が他人でしょうが!私だって、関係ない人だって思いたい!だけど…、だけど…」
込み上げる感情が溢れ出す。
母親だと思いたくない。
心配だってしたくない。
だけど、だけど、母親だ…。
暗い部屋で一人きり。
明日は休みだ。
『あの場所へ行こう…』
少し気持ちを落ち着かせて、私が唯一逃げ出せる場所を思い出す。
翌日。
家から少し離れた山の麓。
晴れた青空の中向かった、この静かな場所は…
『お父さん…、来ちゃった』
そう心の中で思いながら、麻耶は、父の眠るお墓の前に立っていた。
私にも友達はいる。
でも、皆両親がいる幸せな家庭に育っていた。
私みたいに、一人で淋しい思いも苦しい思いもしていない子ばかり。
ちょっとした弱音なら吐けるのに、本当に辛い時、誰にも言えなかった。
お墓の前で手を合わせる。
『お父さん…、お母さん、どうしよう…。どうしたらいい…?もう分かんないよ…』
誰にも言えない思いを心の中で吐き出す。
『誰か…、助けて…』
弱い気持ちが強くなると、涙が溢れて止まらなくなった。
昼前の墓地は、人気が無く静かで、周りの視線を気にせずに泣ける場所だった。
しばらく泣いていたら、少し落ち着きを取り戻した。
お墓をじっと見つめる。
『お父さん…。もうちょっと頑張るよ。見ててね』
そう心の中で、語りかけると、麻耶はお墓に向かって微笑んだ。
『どうしたらいいか、分からないけど、頑張らなきゃだよね』
晴れた空を見上げる。
心の中で自分を励ましていた。
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