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身動きもできないほどに抱きすくめられて、唇を奪われる。何度も唇を重ねるうちに、心も体も余計な緊張が抜けていく。
人を好きになるのは理屈ではない。けれど気持ちや本能だけに従っていけば、誰かを傷つける。永遠の愛なんかないって知っている。
「今離したら、一生後悔する。だから離さない」
抱き上げられ、ベッドに下される。抗いきれない熱に侵されたように、抱き合う。
──これは夫に裏切られた報復なのだろうか。
いや、きっと違う。沙羅は今自分の人生をやり直そうとしている。たとえ世間一般の常識で間違っていようとも。
辻村の手が、沙羅の着衣を乱し、その肌を晒していく。辻村が顔を埋めた部分が赤く染まる。
──花びらみたい。
辻村に、沙羅という名前が好きだと言われたことを思い出す。あっという間に散ってしまう淡く儚い花の名前。
人生もそんなものかもしれない。だからこそ美しく散りたいと願う。
辻村といると、自分がまだ美しいことを知る。それは、美醜の類とは違う、生命としての美しさだった。
不審と寂しさの中、枯れかけていた沙羅を蘇らせてくれたのは、彼だ。
熱い唇が沙羅の体を這いまわる。耐え切れず甘い吐息が漏れた。
「沙羅、愛してる」
低い囁きを聞きながら、遥か昔に諦めてしまった自由を思い出している。
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