企画『貴方が担当した小説は』

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 季節がら掘った穴に落ち葉を敷き詰めての焼き芋。防寒を兼ねたストーブの熱で仕込む山梨ご当地グルメのほうとう鍋。アルコールランプとサイフォンで煎れた野外珈琲。どれもが即席とはいえ、美味しそうだ。 「そういや、シュートさんはシンガポールからお越しになったんだったか。あちらはさつまいもも黄色じゃないんかね?」 「マレーシア産で紫が普通。黄色はJapanese sweet potatoes」 「ほな、鹿児島の紫芋みたいなもんか」 「日本のと違って土臭い。ニョニャ菓子とかの餡になってる」 「ニョニョ?」 「ニョニャ」 「ニャニャ?」 「ニョニャ」  なんだかニャーニャーと喉を鳴らす愛猫(さくら餅)みたいだ。  老人達の輪に入った推しの物珍しい異国話を片手に、まったりと芋が焼けるのを持つ。  けれども先に仕上がったキノコがたっぷりと入ったほうとう鍋を口にした途端、ツンしか知らない推しが突然デレデレと照れはじめた。しかもいつにも増して饒舌だ。 (なんと!! 推しのこんな一面、見たことがない!)  レア案件。今日史郎の命が尽きることになっても悔いはない。 「二人ともデレデレしおって」 「そうだそうだ。そっちの兄ちゃんは最初からデレデレしてたが、こっちの兄ちゃんもデレデレしてきたな。さては誰か間違って鍋にデレ茸を入れちまったかな?」 「デレ茸?」 「そう、別名デレ茸だ。本当のキノコの名前はなんというのだったかな? だけど、兄ちゃん、このキノコを食べるとデレデレと恋心地になるから、縁結びになると言い伝えられている摩訶不思議なキノコなんじゃわ」 「縁結び!!!」  願ったり叶ったり、悦んでその縁結びにあやかります。  推しとの永遠の縁が結ばれれば、鈴木史郎、今世の人生に何も言うことはありません。  けれども、二口三口と鍋をすするうちに、次第にあたりは深い(モヤ)に包まれた。いつしかその異空間には推しと史郎だけの二人きりになっていた。 (なんというご褒美か!)  この辺りを美しく清掃した史郎へのご褒美なのか、それとも日頃の推し愛過ぎる妄想癖が見せた白昼夢なのか、史郎得でしかない至極の一時だ。 (推し活始まって以来のご褒美回が来た!)  思わず昇天しかけた史郎とは対照的に、推しは狐につままれたような表情でただただ靄に向かって中国ドラマさながらの仙人術を繰り出している。 「悪霊退散! 滅!」  それでも縁結びのキノコを食べた仲だ。いずれは史郎にも明るい未来が待っているのに違いない。史郎は今日一番の鼻の下伸ばしを記録する。 「お前、いつにも増してキモい。近寄るな」 「これぞまさしくふたりきり❤」 「結界、破れろ。解、解、解!」  今日ばかりはツンな推しの言葉も史郎の耳にはどこまでも甘い言葉にしか聞こえなかった。 おしまい
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