来客

1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

来客

 他所ではなかなかお目にかかることのない、大きな楠の一枚板。  「飯処(めしどころ) つづらや」と立派な彫り込みがなされたそれは、威厳を惜し気もなく放っている。  その所以はただ大きいだけにあらず、百と二十余年の歳月によって醸し出されているものである。  「ごめんくださーい」  幾年を経た引き戸はとっくに耄碌しており、開ける度にがらがらと喧しく騒ぐ。だが、同じく歳をとった店主にとって、それは程よい呼び鈴の役割を担っていた。  「ん。いらっしゃい」  玄関からは見えないところから、引き戸に負けず劣らずの嗄れた声が応える。  初めてここを訪れた客は、皆一様に困惑か後悔の色を滲ませる。  たまに現れる気弱な一人客の何人かは後退りをし、中にはそのまま踵を返した者までいた。  風変わりな招き猫は、それをずっと見守ってきた。時におかしみを覚え、時に自分の力不足に悩みながら。  しかし原因はひとえに、店主の角張った、愛想のない面構えのせいである。  (たわら) 重彦(しげひこ)、齢七十九。  「飯処 つづらや」の店主をあえて一言で表すならば、まさしく“頑固ジジイ”である。  「空いてんとこ好きに座ってくれ。今しぼりとひや持ってくからよ」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!