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「久しぶり」
喫茶店に入り、スマホで映画を見ていたら、突然声をかけられる。
映画はクライマックスに差し掛かっていたのに。ちょっとだけカチンときたが、ここはニコヤカに対応するのが大人だよな。
イヤフォンを耳から外し、少しだけ口角を上げてから、声のした方に顔を向ける。
そこに立っていたのは、見違えるように可愛くなっている高校生の時に付き合っていた彼女だった。
あの頃は、黒ぶちメガネをかけてソバカスだらけ、チョットぽっちゃりした、三つ編みの似合う女の子。陰キャとしてカースト最下位にいた俺に優しくしてくれた、唯一の女の子。
クラスの誰かの悪ふざけ。そんなきっかけのたったひと言で強要された、俺の彼女への公開告白。その告白に、きゃーきゃーうるさく騒ぐ教室の中で、顔を赤くしてそっと頷いてくれた女の子。
あの頃は、俺も子供だったから。甲斐甲斐しくしてくれる彼女に、つい邪険な態度をとってしまう。それでも優しそうに微笑む彼女の笑顔は忘れられなかった。
クラス替えで失った熱気は、俺と彼女を押さえ付ける外圧をなくして、やがて彼女との仲も自然に消滅してしまう。
あの時の彼女と付き合った経験は、今でも俺の中の大事な思い出だ。
そんな彼女と、久しぶりにこんな場所で会うなんて、なんて偶然だろう。俺は、慌てて自分の横の席のカバンをどかして彼女に勧める。
コレから良いことが始まる、そんな予感が俺の頭の中に湧き上がって行く。
* * *
コンタクト、良し。
化粧のノリ、良し。
髪の毛のお手入れ、良し。
コーディネート、良し。
靴の汚れ、良し。
あ、忘れてた。
爪の先、良し。
最後にコロンを手首にチョイ。
それから、声が良く通るように腹式で深呼吸。
スーハー、スーハー。
やっとこの日が来たわ。
高校生の時に大好きになった男の子に、久しぶりに声をかける。
あの当時は、私も若かったから色々な意味で準備不足だった。級友に頼んで、彼の方から告白してもらった時は嬉しかったの。あの幸せな日々は今でも忘れないわ。
クラス替えでいつの間にか離れ離れになっちゃうし。
それから私頑張った。
フェイシャルパックにダイエット。大好きな人のためなら何でも出来ちゃう。
隠し撮りした彼の写真を励みにすれば、一時的な苦労なんか気にならないんだ。
彼の行動はすでに把握ずみ。
今日は喫茶店で映画鑑賞してるはず。
男は度胸、女は愛嬌?
ううん、女だって好きな人のためなら度胸よ。
喫茶店の扉を開けて、彼を探す。
あ、見つけた。
「久しぶり」
(了)
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