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「なぁ先生。あの事件のあった晩、何をしていた?」
強面の刑事が手帳を手に、院長に詰め寄った。
「何って…クリニックを閉めた後、いつも通り自宅へ帰りましたよ」
院長は椅子に座ったまま刑事さんを見上げる。
何だろう、何の事件なのかな。
もしかして、院長が疑われているのだろうか。
看護師の私は聞いていないフリをしながら、受付に飾ってある可愛いぬいぐるみのホコリを1つずつ丁寧に払う。
「それを証明出来るかい?」
「いえ、家内は推しのライブツアーセット裏見学旅行に行っていましてね。ドキュンと射抜かれちゃったって少女のような顔の写真を送ってきましたよ。その頃僕はひとり寂しく書斎に籠っていたかなぁ」とスマホの写真を刑事に見せる。
「ふん。鬼ならぬ嫁の居ぬ間に洗濯でもしていたんじゃないのか。なぁ、飼い主は心を痛めている。正直に話したらどうだ」
奥様が旅行?
あぁ、それなら3日前の晩のことか。
飼い主ってどういう事だろう。
「確かに僕は愛犬家、家内は大の犬嫌いですよ。ですがね、いくらなんでもヨソの犬を盗んだりしませんって」
え?盗み?
聞き耳を立てながらの作業だったので手元が狂い、小さいぬいぐるみを院長の足元まで転がしてしまった。
「あっ…し、失礼します!」
2人の間を割り込むように、私はかがんでぬいぐるみを拾いに行った。
あ、あれっ。
「院長、白衣脱いで下さい。裾に泥が付いています」
私の言葉に院長はガタッと椅子の音をさせ、一瞬動揺を見せた。
「もー院長、洗濯したなら白衣も洗っておいて下さいよ」
「い、いや君。さっきの洗濯というのはね…」
急に刑事さんが診察室から出て、裏口に向かって走り出した。
「刑事さん!?勝手なことをされてはちょっと困ります…!」
私が刑事さんを追いかけると、裏口に置いてある院長の靴の裏を確認していた。
「青い花びらが付いている…」
「あぁ、それはオオイヌノフグリですね。今の時期、いっぱい咲いていますよね」
刑事さんは診察室へ戻り、院長に靴を突きつけた。
「先生、確か先生のご自宅の裏に青い花が咲いていますねぇ。その先には確か沼があったかと…」
「失礼な!僕が盗んだ犬をあんな深くて冷たい沼に捨てたとでも言うのか!」
刑事さんの言葉に院長は声を荒げた。
刑事さんはニヤリと笑みを浮かべた。
「確かにね、愛犬家の先生にとっては多動飼いなんて虐待だと思うのかも知れませんけどね。でも全ての犬に我が子のように愛情を注いで育てている飼い主もいるわけですよ。飼い主はその子達が無事に帰って来ればそれで良いって言ってんだ。教えてくれ。21匹の犬達はどこにいるんだ?」
院長はため息をついた。
「……隠し通せると思ったのにな」
え?院長、本当は盗んでいたの!?21匹も?
院長はゆっくり立ち上がり、口を開いた。
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