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走っている人の姿を目にして、不意に先ほどの女子高生のことが気になった。彼女はあんなに慌てて、どこへ向かったのだろうか。私は、流れる車窓の景色とともに、彼女の行動に思いを馳せる。
制服を着ていたけれど、そう言えば、鞄を持っていなかったな。最近の子は、何が入っているのだろうと、不思議に思うほどに大きな荷物を持っている子が多いけれど、あの子は荷物を持っていなかったはずだから、学校へ行くわけではないのだろうか。
学校ではなく、手ぶらで、制服を着ているとなると、考えられるのは、冠婚葬祭事への出席だろうか。学生の正装は、制服なのだから、もしかしたら、そうかもしれないな。最近は休日でも、制服姿の学生を見かけるので、一概にそうとは言い切れないが、私のような年代の者で考え付く理由は、そういった事くらいだ。
確か今日は大安だったから、後部座席のご婦人のように、彼女も親族の結婚式があるのかもしれない。それなのに、寝坊をしてしまい、きっと、一人置いてきぼりをくったのだな。花嫁の家族なら、ご両親は朝から忙しいだろうから、寝坊助の子供にまでは構っていられなかったのだろう。
両親は、寝坊助のあの子を起こすと、花嫁とともに、先に家を出てしまう。一人残されたあの子は、慌てて出かける用意をして、家を出ると、駅へ向かって走り出した。途中で、母からの着信を受け、買い物を頼まれたあの子は、時間がないのにと、さらに慌てて、駅へと駆ける。必死に走り、何とか駅へと辿り着いたが、少し気を抜いてしまったばかりに、彼女は足を縺れさせ、置いてあったシルバーカーに躓き、盛大に転んでしまう。
幸い、膝を擦りむいただけで、大事には至らなかったが、慌てている彼女は、自身のことで精一杯。周りを見る余裕などない。再び走り出し、慌てて、改札を抜け、ホームに停まる電車へと飛び乗った。
そんな風に、見ず知らずの女子高生の些細な出来事を、好き勝手に思い描きながら、私は、車を目的地へと走らせる。小高い丘の上に建てられた結婚式場へは、もう間もなく到着だ。
私は、後部座席へ声をかける。
「お客様。もう間もなく到着いたします」
私の声で、目を覚ましたご婦人は、窓から景色を眺め、感心したように声を弾ませた。
「あら、随分と眺めのいい所ね」
「そうですね。周りよりも少し高い場所になりますからね」
「タクシーに乗って良かったわ。とてもじゃないけど、徒歩では来られそうにないもの」
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