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3.花屋の店員
怪我をして足を引き摺り気味に歩いていては、坂道は大変だろうと思い、私は、遠慮する女子高生を半ば強引にタクシーに乗せ、料金メーターをオフにしたまま、来た道を引き返した。
式場入口に車をつけ、後部座席のドアを自動で開けると、女子高生は、恐縮気味に口を開いた。
「あの、いくらになりますか? 今、あまりお金を持っていないので、高いようでしたら、母を呼んできます。少し待っててもらってもいいですか?」
そんな彼女に、私は笑いながら首を振った。
「お金は要らないよ」
「え?……でも……」
「ほとんど距離は走ってないし、それに、料金メーターを入れ忘れてしまった様でね。今回は、ノーカウントだ」
「……本当に、いいんですか?」
「ああ。大丈夫だよ。それよりも、きちんと怪我の消毒をするんだよ」
彼女は素直に頷くと、車から降り、一礼して、式場へと入っていった。そんな少女の後ろ姿を見送ってから、私は、料金メーターをオンにする。それから、安全確認をして、ゆっくりと結婚式場を後にした。
坂道をのんびりと下りながら、自身の妄想が、偶然にも現実と一致したことへの奇妙な興奮と、普段はあまりしない、小さな親切をしてしまった己が可笑しくて、思わず、くくっと声を漏らして笑ってしまう。
まさか、あのご婦人と女子高生が、両家の親族だったりしてな。それか、祖母と孫とか。いや、流石にそれはないか。もしそうだったら、あの駅で、ご婦人が、彼女に気がつくだろうしな。
そんな、偶然に偶然を重ねたような妄想をしつつ、私は、乗客を求めてタクシーを走らせる。駅付近の通りへ行けば、タクシーを探している客がいるかもしれない。
通りへ出て、最寄駅へと向かってタクシーを走らせる。この辺りは、閑静な住宅街が広がっており、駅付近は、あまり発展していない。小さな駅前商店街が数十メートル伸びているだけだ。
その商店街に差し掛かろうとしたところで、角の花屋からエプロンをした女性が紙袋を手に、飛び出してきた。駆けだそうとしているのか、慌てたように周りを見回している。道に飛び出されては危ないと、私は、走行するスピードを少し緩めた。
速度を落としたところで、その女性は、こちらの存在に気がついたようで、大きく手を振った。どうやら、乗客のようだ。目論見が当たったことに、私は、一人ほくそ笑む。
女性の前で車を停めると、後部ドアを開けた。すると、慌ただしく女性が乗り込んでくる。
「どちらまで?」
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