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彼はキョトンとした顔になった。無理もない。バブルは、それがはじけて初めてバブルだったことになるのだ。実際にはその真っ最中にバブルと名付けられてはいたが、まだ一般的な言葉ではないはずだった。
ただ、その瞬間に生きている人にとっては「随分と景気がいいなあ、学生の就職率は好調だぞ」などと実感があるだけで、実際、バブル景気の最高期だとは夢にも思うまい。
わたしは、昭和から平成に変わる時期。そうした景気のものすごく上向いた時期があることを彼らに告げた。
「あはは。何を言っているんだい? 陛下が亡くなるはずはないじゃないか。確かに体調はすぐれないご様子だけど、それは失礼極まりないことだよ。それに、平成? 平成ってなんだい? あなた……カプセルの中で酸欠になったのではないか。ちょっと検査してみましょう。何、すぐに終わるから」
検査は、昭和末期のものだった。まだブラウン管式の表示画面を持った機器と、古めかしい計器板のついたCTスキャン。そんなものに入れられて、わたしの脳と身体は「検査」された。
「一応、異常はないみたいだねえ。今日は、一日入院して安静にしておいてね」
医師はそんなことを言い、わたしを大部屋に移し、医局へ戻って行った。
大部屋は六人部屋だった。これは平成十五年頃までこんな感じだったのだろう。鉄製パイプのついたリクライニングのないベッドとお金を入れる方式のブラウン管テレビ、そして、酸素のプラグとナースコールのボタンがついていた。
向かいのベッドの男が声をかけてきた。
「あんた、どこが悪いんだい?」
「頭がおかしいと思われているみたいです。身体に異常はないみたいです」
「あはは、そっち系だったの? 何か変なことを言う患者が入ったって、婦長さんが言っていたよ。あんただったのかい?」
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