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躓きの第一歩は鮮明に覚えている。
中学一年の秋と冬の間、十一月の始めだった。その頃一部の男子学生の間で万引きごっこが流行っていた。
ごっこと呼んではいたが、実際に商品を懐に入れ、それを戦利品として仲間内で自慢していたので、それは紛れもない窃盗であり犯罪行為であった。
思春期特有の反骨心のようなものだ、しばしば経験する成長過程の通過儀礼の一種だと寛容を気取る一部の大人達は言うのかもしれない。
男は些末なものではあったが、正義感と呼ぶような心構えを持ち合わせていたので、その日友人達に万引きをそそのかされた時、柔んわりとではあったが断り犯罪行為に加担しなかった。
一人の人間として立派な行為だったのだが、その時一緒にいた他の三人は良い顔をしなかった。
「っんだよ。乗り悪りーな、マジしらけるわ」
その中でリーダー格であった栗原はそう吐き捨て、二件目でもう一度男に犯罪行為を進めた。
が、男はそれに加担することを今度は頑なに断っった。
それ以来、男はグループから外され当時で言うところの”ハブられる”羽目になったのである。
栗原は性格の悪い男だったので、男のあらぬ噂を吹聴してクラスから孤立させようとした。
「あいつと遊んでも乗りが悪いから全然面白くない、自分たちのごっこ遊びを先生にチクられた」
勿論後半部分は全くのでっち上げだったのだが、古今東西コミュニティ内において密告は何よりもい疎まれる行為である。
しかして男はクラス中から無視され、それはクラスが変わっても続き、多感な男の心には大きく深い傷が残った。
男はことさら暗い性格でもなく見た目も悪くなかったが、平均よりもやや弾性に欠ける精神を持っていた。
言い換えれば真面目過ぎて融通が利かなかったのである。
趣味といえば読書と熱帯魚の飼育。スポーツには興味がなく運動らしい運動は高校を最後に行っていない、私生活で音楽を聴く事もないのでカラオケなど行くはずもない。
大学に進学して初めて出来た彼女からも「乗りが悪すぎてつまらない」を理由に一方的に別れを告げられてしまう。
それは社会人になってからも変わらず、顧客からは愛想が悪い融通が利かないとクレームを何度となく入れられ、上司からは可愛げがないと面と向かって告げられた。
挙句の果ては部署全員参加の飲み会の席で、人間性を三時間に渡って否定されてしまう。
男の精神はそこでヒビ割れ決定的に欠けてしまった。
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