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誤解されがちだが男は決して無能ではなく、むしろその仕事ぶりは秀抜とまでは言えないものの優秀な部類であり、自身も社交的な性格でない事を自覚し、彼なりの努力は欠かしていなかった。
就職したての頃は客観的に見たら恥ずかしいと思える「コミュニケーション教室」にも通ったりもしたのだが、そこに集まる人間たちに対して共感性羞恥心よりも遥かに勝る同族嫌悪に苛まれ、プログラムを終了することが出来なかった。とはいえプログラムを終了すれば実際に社交的な性格変れると確信できるほど、自己肯定感の塊のような講師の女性からは指導力を感じなったのも事実だったのだが。
また男にとって不幸だったのは、それまで男の人生に係わった大人達は皆寛容ではなく、男の長所も同じ年代の所謂”乗りのいい”人間達に覆い隠され、その原石は磨かれることなく両親以外の誰の目にも触れる機会に恵まれなかったのだった。
ともあれ吊し上げを食らった飲み会の後から、男は会社に行こうとすると眩暈と動悸で倒れてしまい起き上がれなくなってしまった。
二十数年に渡ってグラスに溜まった汚泥が、その出来事を切っ掛けに溢れてしまったのだ。
投薬と何度かの入院をして治療に務めたが、結局症状は改善することなく、男の社会人としての人生活はたったの一年で終わりを告げた。
それ以来自室に引きこもり四年が経ち、現在男は二十九歳である。
男が自分の人生を終わりにしようと思いたったのは二十八歳の冬だった。
むろん最初から社会復帰を諦めていたのでは無く、始めの二年は努力に火をくべ続けた。しかし現実は理不尽なもので結果が目に見えてこないと人は挫けてしまう。
三年目からは病院通いも止め、努力は消し炭となり、同じ自問自答を繰り返した。
(俺は何をやってるんだ。毎日毎日部屋に籠って飯を食って便を出すだけで、何の生産性もない)
(かといって昼間に家を出て人目に晒される事すら怖くてたまらない)
(いったいどこで間違ったんだろう)
毎日この三つを繰り返し繰り返し考えてる内に男の魂は黒く淀み捩じくれていった。
十分な睡眠も食事も満足にとれていない、本人が食事という行為事態に罪悪感を感じていたからというのもある。
そして三十歳を迎える前、二十九歳になる春に人生を終わらそうと考えるに至る。
階下を見下ろす。
男は薄ぼんやりと照らされた地面から、こっちへ来いと誘う透明な手が視えるような錯覚に陥ると、現実との境は曖昧になって恐怖心は湧き上がる前にしぼんだ。
(生まれ変わったら)
(…いや、よそう…無駄な考えだ)
いざ足を窓枠に手を掛けた時、男の背後から”ミシッ”と音が鳴った。
今この部屋には誰もいないはず、収縮し硬くなった心臓を摩りながら振り返ると、そこに一人の男が佇んでいた。
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