少女愛狩り

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少女愛狩り

 子供を性的な対象とする大人は悪という価値観を持った人類が、そうした社会のまま、タイムトラベルの技術を実現した近未来。  皮肉にも、少女を愛好したとされる物理学者シュレーディンガーの業績がその開発に大きく役立ち、こんな科学者の力を借りたことを国際社会は恥じた。中でも怒り狂ったのは、大人から少女への性的関心のようなもの――〝少女愛〟を取り締まる国際機関である〝アグネスナイツ〟だった。  十三歳で少女娼婦にされながら奇跡によって辱めを逃れて殉教したという聖女アグネスに由来する名を受けた彼らは、特に過激な少女愛狩りを行い、すでに現代からは少女に欲情するような大人や文化に類するものは犯罪とされ、焚書や死刑を含む粛清でことごとく抹消されていた。  故にアグネスナイツは、さらなる決定を下したのである。 「過去の歴史からも、大人たちが少女を性的対象にしていたなどという忌まわしい事実を根絶しましょう!」  こうして、アグネスナイツの構成員たちは未来人として一斉にタイムスリップし、過去への少女愛狩りも開始した。  相手が偉人でも見逃さない。  例えば、少女ロリータと大人の男の性愛を描いた小説『ロリータ』を執筆した作家ナボコフら、少女の肌も露わな絵やそれを描いた画家エゴン・シーレら、少女のヌード写真などを撮った数学者ルイス・キャロルらなどは作者が作品と文化ごと葬られた。  十四歳の少女レギーネに二四歳で恋した哲学者キルケゴールなどもってのほか、十七歳の少女に七二歳で恋した文豪ゲーテなどとんでもない、革命家で政治家の孫文も三三歳のときに恋した大月薫は十一歳なのだから許さない、五〇代で十七歳の愛人がいた芸術家ピカソだって同罪だ。  大人になってから一〇歳の少女に求婚した美術史家ジョン・ラスキンはもちろん、科学者にして政治家で神秘主義者のエマニュエル・スウェデンボルグも三〇歳で十五歳の少女に求婚したとして裁かれた。  画家ポール・ゴーギャンは四三歳で十三歳の少女と結婚したし、作家エドガー・アラン・ポーは二七歳のとき十四歳の従姉妹ヴァージニアと結婚し、喜劇王チャーリー・チャップリンは二八歳のとき出会った十五歳のミルドレットと翌年結婚した、武将前田利家は二二歳のとき十二歳のまつと結婚したので、彼らも当然罪人だ。などなど。  そう、大人と少女が結婚できた時代や場所に至ってはその社会でそれが容認されていたわけで、特に多くの人々が狩られた。  なにせ、西暦の始まりとされるイエス生誕の年。彼を出産した聖母マリアでさえ妊娠したのは十代前半で、人としての夫は老人のヨセフという。  そして、この少女の年齢で大人の男と結婚してからその子を身籠ること自体は当時の社会でも問題なかったのだ。そうしたことが大々的に異常とされだしたのは、およそ二〇世紀に入ってからである。  子供と大人の性行為は人以外の動物にも自然界で存在した。年齢は地球の公転周期を数えたものに過ぎないのに、歳という無関係な概念を基準に子供が安全に性と係ることまで否定した種は人間だけだった。  最古の人類が誕生して以来、数百万年。少女愛は普通に行われてきたのだ。  かくして、少女愛への迫害はあるとき唐突に終わった。  アグネスナイツに過去の偉人たちを含む夥しい数の人間が少女愛の罪で罰せられ、罪人とされた彼らが生み出し発展させた文化や文明など様々な成果は消え、タイムパラドックスによって歴史は塗り替えられ、延長線上にあったタイムマシンが発明される程に進歩した未来の人類社会は消滅、原始生活レベルに衰退したためである。  こうして未来人たちは原始時代の生活水準に戻り、久方ぶりに少女愛は復活した。
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