1話 蘭:突然のお見合い話

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1話 蘭:突然のお見合い話

 ~~注意書き~~  恋愛・結婚に性別は関係ない世界です。  視点が交互に変わるため、頭に名前を記しています。  ~~~~~~~~ 3月に入ったばかりのある日、(らん)がアパートの自宅に帰ると、母の千鶴子が来ていた。 合鍵を渡してあるが、来るのは作りすぎた料理のお裾分けを持ってくる時くらいで、蘭が帰宅する時間に居るのは珍しい。 部屋のリビングにはソファーも椅子もないが、千鶴子は蘭が普段使っている大きなクッションに座って、テレビを見ていた。 「あれ? お母さん、来てたんだ?」 「おかえり、蘭。今日はシチューを持って来たのよ」 「マジ? ありがと」 蘭は一人暮らしを始めてから自炊をしているが、千鶴子の手料理はやはり特別だ。 「あと、蘭に話があるの」 「オレに?」 蘭は着ていたスプリングコートとスーツの上着を脱いで、ラグの上にあぐらをかいて座る。 部屋の中は暖房が効いていて、外から帰ってきたばかりの蘭には暑いくらいだった。長シャツの袖をまくっていると、千鶴子はつけていたテレビを消して、蘭の方に体ごと向き合った。 どうやら、大事な話のようだ。 蘭は少し緊張して、正座に座りなおす。 「話って?」 「……ねえ蘭。あなた、もう33になったのよね?」 「そうだっけ?」 「この前、誕生日だったでしょ?」 「ああ、そうかも。33かぁ」 二十歳を過ぎてからは年齢にも無頓着になって、いつも言われてから思い出す。 「それで、お付き合いしてる方はいるの?」 「え? いないけど?」 「好きな人はいるのかしら?」 「いない、けど……」 なぜ、そんなことを聞いてくるんだろう? 千鶴子は息子の私生活に干渉するようなタイプではない。不思議に思って首をかしげる。 「そう。良かったわ」 にっこりと微笑む千鶴子に、蘭は少し身構えた。 「それがどうかしたわけ?」 「実はね、仲良くしている方から、どうしてもってお願いされたんだけどね」 そう言いながら、千鶴子は持参した大きめのトートバッグから、薄いアルバムのようなものを取り出す。 それを、蘭に見せるように、ローテーブルにおいた。 「なにこれ?」 「お見合い写真よ」 「……はあ?!」 「ちょうど蘭と歳も同じくらいで、とっても格好よくて、誠実そうな人よ」 「いやいや、ちょっと待って! なに、お見合いって!!」 当たり前のように話し出す千鶴子を遮り、蘭は内心でひどく焦った。 『お見合い』という聞きなれない単語に動揺を隠せない。というか『お見合い』なんて死語に近い言葉だと思っていた。 恋愛結婚が常の世の中に、まだそんなものが存在しているなんて信じられない。 慄く蘭に、千鶴子は平然とした顔で続ける。 「お見合いはお見合いよ。蘭、いまお付き合いしてる方はいないんでしょ?」 「いないけど! だからって何で?!」 「蘭の写真を見せたら、耀(ひかり)さんが気に入って下さってね」 「誰だよ、ヒカリさんって!」 「私のお友達よ。耀さんの息子さんも、まだ独身なんですって。とても素敵な方なのにねぇ」 「つーか、相手は男かよ!!」 「そうよ。蘭は女の子より、しっかりした男性と結婚した方がうまくいくと思うの」 「そういうのは付き合ってみないと分かんないだろ!」 「分かるわよ。蘭は少し神経質なところがあるでしょう。女の子には嫌がられるんじゃないかしら?」 千鶴子の言葉には思い当たる節がありすぎて、言葉に詰まる。 過去に付き合っていた彼女達に、その理由で振られたことを思い出したからだ。 たしかに蘭は綺麗好きで、部屋の中はきっちり片づけられている。ゴミ一つ落ちていない部屋を見て、彼女たちは驚き、次に蘭の綺麗好きを褒めてくれる。だが、別れる時には決まってこう言うのだ。 『その潔癖で神経質なところ、ついていけない』 そう告げた彼女達のうんざりした顔は、今でも忘れられない。中には『マジで引く』と言ってくる彼女もいた。蘭としては、しごく当然のことをしているだけなのに、そんなふうに言われてショックだった。 「そんなの、男だって同じだし」 若い頃に付き合っていた彼氏にも、同じような理由で振られたことを思い出す。 だから、今の仕事に就いてからは、恋人を作るのを止めた。 そしてこの先も、ずっと独身でいいと思っていたのだ。
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