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5話 左京:なんで男だって言ってくれなかったんだ!
翌日の朝、いつもより遅い時間に目覚めた左京は、スマホで時刻を確認してベッドから飛び起きた。
「やべっ!」
アラームをセットした時刻はとっくに過ぎている。
寝坊したうえに、まだ何の準備もできていない。
とりあえずシャワーを浴びてから、クローゼットの前で少しだけ悩む。
耀はブランオーニのスーツを着てくるように言っていたが、素直に従うのは癪だ。
望んで見合いをするわけではないので、カジュアルでも良いだろうと勝手に決めつける。
一番手前にあった、フィンデルというブランドの黒ジャケットとパンツを手に取り、それに黒シャツを合わせた。
お気に入りの、リング型のネックレスをつけ、腕時計をはめる。
少し伸びた髪はワックスでセットしてから、ほんのり甘めの香水をつける。
ハンカチはポケットに押し込んで、スマホと財布だけを持って革靴で家を出た。
そこからタクシーを使って料亭まで来たが、店に着いた時には約束の時間を過ぎていた。
耀も、お見合い相手も、すでに到着して待っていることだろう。
……まあ、べつにいいか。
今日の相手は、大事な取引先ではないのだ。
悪い印象を持たれたところで、左京にダメージはない。
耀には後で説教されるだろうが、深夜まで仕事をしていたのだから勘弁してほしいと思う。
それに、これくらいの遅刻で機嫌を損ねる女なら、すぐに帰ってやろうとさえ思った。
気の強いタイプか、大人しいタイプか。
左京は今日の見合い相手のことは、何も知らなかった。
名前も年齢も、職業も、耀からは聞いていない。
美人かな、くらいはちらっと考えたが、どうせ断るのだから、どんな顔だろうと関係ない。
そうするうちに、部屋に着いた。
案内してくれた仲居が、扉越しに声を掛ける。
「お連れ様がお着きになりました」
「どうぞー」
個室の中から耀の声がする。
冷ややかな声音に、ぞくっとした。
やべぇ……すげー怒ってるし。
遅刻したことを、あとでネチネチと責められるだろう。
想像するだけでげんなりした。
けれど、初対面の相手が待っているのだ。
営業用の、それでもあまり上手とは言えないスマイルを浮かべて、左京は中に入った。
「遅くなりました……?!」
お見合いの相手を見て、思わず目を見開いた。
まったく予想もしてなかった人物が、そこにいた。
え?
は??
……はああ?!
心の中で叫びながらも、表情はなんとか平静を保つ。
個室はテーブル席で四人掛け。
すでに三人が席に着き、料理が配膳された状態で、左京の到着を待っていたようだ。
耀は、パーティなどでよく着るような、あでやかなスカーレットのドレスを着ていた。
アッシュブラウンの髪をアップにして、大粒の真珠のイヤリングとネックレスをつけている。
とうぜん、化粧もばっちりで、気合十分なのが伝わってきた。
自分がお見合いするわけでもないのに、この気合の入れようを見て、かなり本気だと分かる。
だが、当の耀は左京を見ると、わずかに眉を吊り上げた。
「左京。ここに座りなさい」
「はい」
耀に促されるまま、隣の席に座る。
「遅かったわねぇ、左京?」
耀はそう言いながら笑顔を向けてくるが、その眼は笑っていない。
「もっとあなたに似合うスーツがあったはずよね?」
優しく問いかけているようで、非難しているのは明らかだ。
お見合いにカジュアルスーツを着てきたことも、全身を黒でまとめてきたことも、耀にとっては許しがたいことだろう。
しかし左京は、母親の怒りに構っている場合ではなかった。
左京の真向いの席に座っているのは、今日のお見合い相手だろう。
歳は、左京と同じくらいに見えた。ネイビーのスーツを着て、姿勢よく座っている。
とても似合っていた。
似合っていたのだが。
マジか……相手が男とか!!
てっきり、相手は女性だと思っていたのだ。
左京が今まで付き合ってきた相手は女性ばかりで、男性との恋愛経験は一度もない。
だからこそ、目の前のお見合い相手が男性だということに衝撃を受けていた。
こんなことなら、女性受けする甘めの香水なんかつけてくるんじゃなかった、と後悔する。
男性なら嫌がられるだけだろう。
なんで男だって言ってくれなかったんだ!!
知っていたなら、お見合いなどしなかった。
時間のムダだと切り捨てたに違いない。
だからこそ、耀は左京に黙っていたのだろうということも、すぐに理解した。
この場に来てしまった以上、今さら帰るわけにはいかない。
耀の面子など気にならないが、せっかく来てくれた相手をないがしろにするようなことはできなかった。
心の中で、盛大に耀に文句を言ってから、気分を落ち着かせる。
そしてようやく、左京はまともにお見合い相手の顔を見た。
ん……?
彼は左京と同年代の青年だった。
ネイビーのスーツは細身で光沢があって、きらびやかな印象を与える。
素材も上等なものを使っているようだし、上品さが感じられてかなり趣味が良い。
さらに印象的だったのは、彼の顔だ。
きめ細かな白い肌に、緩くウェーブのかかったブラウンの髪は、いっそう彼を若く見せ、柔らかさを感じさせた。
切れ長の瞳はガラスのように煌めいて、左京を見つめている。
薄い唇も、わずかに微笑を浮かべる艶やかな表情も、目を奪われてしまうほどに魅力的だった。
え……わりと、可愛くないか……?
彼の華やかな顔立ちも、どことなくセクシーな雰囲気も、左京の心を惹きつける。
自分でも信じられないが――タイプだった。
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