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英子の日記①
◇
長かった葬儀が終わり家に戻ると、時計の針は夜の七時を回っていた。
マコトはベルトとネクタイを緩め、冷蔵庫を乱暴に開ける。喪主として慣れない挨拶をしたせいか、喉の奥がひりひりと灼けるようだった。ペットボトルの烏龍茶を半分ほど一気に飲み、その勢いに任せて深いため息を吐き出す。マコトはその時初めて、ワイシャツが汗でじっとり濡れていることに気がついた。
着替えるために自分の部屋に戻り、クローゼットの扉を開ける。すると、下着や靴下が入っている三段カラーボックスの上に、見知らぬ大学ノートが置かれているのを発見した。
ずいぶんと使い込まれているせいだろうか。全体的に薄黒く汚れており、赤ワインをこぼしたようなシミも幾つか浮かんでいる。半分取れかかった背表紙は、何度もセロハンテープで応急処置をした跡が残っていた。
「これだけボロボロになるまで使われたのなら、お前も本望だろうな」
これまでの人生で最後までノートを使いきったことがないマコトは、皮肉を込めて独り言ちた。しかし、彼の言葉は虚しく空中を彷徨う。この家に彼の話し相手になる人は、もう誰もいない。彼の母親である黒崎英子は、数時間前にわずかばかりの骨になってしまった。
汚れやシミの他には、表紙には何も書かれていなかった。マコトはバラバラにならないよう慎重にノートを開くと、見覚えのある文字が彼の目に飛び込んできた。
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