中編

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中編

 私の前世は特になにか特別な出来事とかあったことない普通の女性。  普通に大学出てそこそこの企業に就職して、職場で出会った男性と結婚して子供ができて……  そんなどこにでもあるありふれたもの。  趣味でプレイしてた乙女ゲームの中に、この世界が舞台のものもあった。  ただ攻略キャラよりヒロインのビジュアルの方が私は好きになって、ヒロインのグッズを集めるようになり……  気付けば当時の私の中での最推しキャラになっていた。  ……アニエスが乙女ゲーム通りのヒロインでしたら、わたくしはこんなことはしなかっただろう。  乙女ゲーム通りに彼女に虐めや殺害を企てようなんてせずに、普通の友人関係を構築したかった。  攻略者の誰かと結ばれるのも普通に応援した。  わたくしの生家であるロレーネ家が後ろ盾になれば、攻略対象の婚約も円満に解消することが可能だ。  アラン様との婚約なんて喜んで解消しただろう。  乙女ゲームの純真なヒロインを穢すというのは、わたくしにはとてもできなかった。  でも彼女は違う。  攻略対象以外の男性にも言い寄っている。  殿方に平気で豊満な胸を密着させる。  わたくしに対しても敵意を持った視線を向けてくる。  そんな乙女ゲームから外れた彼女だからかしら……  わたくしの中にある感情が芽生えましたの。 『アニエスをビクトリアのものにしたい』 「この世界は乙女ゲームとは違うのよ。ここ以外にも国はあるし、様々な文化もあるの。魔法もね」 「あんたも転生者だったのね!?」 「ええ。そうよ」 「だったら分かってんでしょう!?  あんたは悪役令嬢であたしはヒロインなの!? あたしは乙女ゲームの主人公よ!?」 「乙女ゲームではそうね。……でもここは現実よ」 「はぁ?」  とまだわたくしの言ってることが理解できないアニエスは首をかしげている。 「わたくしも、あなたも、殿方も、みんなこの世界に生きているのよ。創り物ではないわ」 「そ、そんなこと……」  アニエスはそのあとの言葉が言えずに言い淀んでいた。  やっぱりここがゲームの世界だと思ってたのね。 「まあそんなことはどうでもいいわね」 「っ!?」  わたくしが今からやろうとしていることの前では些事ですわね。 「あなたが乙女ゲームを攻略してるんですもの。わたくしだって、攻略してもいいわよね?」 「アラン様言ってたもん! あんたのことが鬱陶しい。あたしと結婚してくれるって。もう攻略済みなんだからね!」 「だれがあんな阿呆を攻略すると言いましたの?」 「へっ……?」 「そもそもわたくし、攻略対象全員好きではありませんの」 「じゃ、じゃあ誰なのよ……」 「そんなの決まっているじゃありませんの」  乙女ゲームの魅力的なキャラで――  豊満な体で周りを誘惑して――  反抗的で生意気で上級貴族にもケンカ売ってきて――  調教しがいのある―― 「あ、な、た……ですわよ」 「何……言って……」 「乙女ゲームのヒロインみたいな純真な子だったらこんな気持ちにはならなかったわね。ただ、あなたが攻略対象を次々に堕としているのを見てたら、段々と湧き上がってきた感情があるの」  あなたをわたくしのものにしたい―― 「ば、ばっかじゃないの!? 気持ち悪い……っ!!」 「うふふ……安心なさって。わたくし、人にものを教えるのは得意ですの」  反抗する子を躾けるのなんか特にね。  わたくしがアニエスに触れた途端、彼女は体をビクッとさせて逃れようとする。  でも拘束されているから逃げられない。  そのまま指先で柔肌をツツーっとなでるとそれにまた体がビクビクと反応させている。 「うふふ、かわいいわね……」 「いや、いやあああああああっ!!!!」  アニエスの絶叫が響き渡るけど、この場に人が駆けつけてくることは絶対にありえない。  誰にも知られない、気付かれない場所。  ロレーネ侯爵家が所有している屋敷の一つ。  侯爵家に敵対するものを尋問するときに用いられるこの部屋は、ごく一部の人間にしか場所を知らされていない。  攻略対象者たちが探し出すことは不可能。 「あたしがとあんたが学校に来てないのに気づいたら、アランたちが不審に思うはずよ!!」 「それは絶対にありえませんわ」  だって、アニエス・フォロ男爵令嬢とビクトリア・ロレーネは今も学園に通っているのだから。 ◆◇◆◇◆  ビクトリアがアニエスを調教している時を同じくして――  王立学園には、普段通りのアニエス・フォロが攻略対象者たちと仲良く過ごしていた。 「アニエス、今日も可愛らしいね」 「そ、そんなことないですよ~……あのー……これ」  とアニエスが持っていたバスケットの中身を差し出す。 「おお、今日もありがとう」  と側近が毒見した後にアニエスが持参したクッキーに口をつけるアラン。 「うん、いつも通りおいしいね」 「ありがとうございますっ!」  アランはクッキーの味に満足している。  いつもアニエスが差し入れしているものと、同じ味のクッキーに。 「――殿下」  その声を聴いた途端に、さっきまでの表情が一変して嫌そうな顔になるアラン。 「何の用だ。ビクトリア」 「いつも仰っていますが、あまり一生徒と仲良くなさるのはおやめください。彼女の将来のためにも――」 「うるさいな! 相変わらず醜い嫉妬心だな! 見苦しいぞ」  殿下に抱きかかえられているアニエスは、いつもと変わらずに怯えているように見える。  一瞬だけアニエスとビクトリアの視線が交差するが、攻略対象たちは気付かなかった。  アニエスが攻略対象たちに接近した時から変わらず繰り返されてきたこのやり取り。  ビクトリア・ロレーネとアニエス・フォロを中心にしたこのやり取りに、攻略対象をはじめとして、学園の生徒たちは、誰も彼女たちの正体(こと)に気付くことはなかった。 「攻略対象者たちも、だれも……あなたを助けてくれる人は、ここには来ないわ」 「そ、そんな……」  と絶望的な表情になるアニエスを見ていると、余計に興奮してきましたわ。  ただそのせいか、身体の反応も鈍くなってしまいましたわ。これでは少しつまらないですわね。 「……少しゲームをしましょうか」 「……ゲーム?」 「現実世界で3日間、わたくしの調教に屈服しなかったら、あなたを開放し、乙女ゲーム通りに断罪されてあげます」 「……何ですって?」  その言葉にアニエスの目に希望の光が灯った気がした。  若干身体も抵抗を見せている。 「あんたの言ったことなんて、信用できるわけないでしょう!?」 「信じる信じないはあなたの勝手ですわ。受けなければヒロインはバッドエンドで終了。リセットは勿論なし。それだけのことです」 「……いいわよ。やってやろうじゃない」  半ば乗せられる形になってアニエスは答える。  扱いやすいところも、またかわいいですわね。 「ふふ……そうこなくては。ちなみにわたくしが勝った場合は、あなたは生涯わたくしのペットね」 「はあ!? そんなの冗談じゃないわよ!? 気持ち悪い!?」 「あらぁ? もしかしてあなた勝つ自信ないの?」 「そ、そんなわけないでしょ! ……いいわよ! ペットでもなんでもなってやるわよ!!」  ふふ……相変わらず扱いやすい方ですわね。  わたくしは予め用意していた契約書を彼女に見せる。  契約書に署名した人同士の血を媒介に行う魔法契約。  この魔法契約で決まったことは破ることはできない。  契約書を交わしたわたくしは、タイマーを起動させる。  72時間というここでの時間を示すタイマーを。 「それでは……ゲームの開始です」 「絶対負けないんだから……っ」  待望のヒロインの身体……じっくり楽しませていただきますわ。
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