前編

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前編

 ここが乙女ゲームの世界だと気付いたのは、わたくしの婚約者がとある令嬢と出会った時だった。  王立学園。  王国の貴族の子女は15歳になると3年間通うことを義務付けられる学び舎。  といっても勉学に励んでいるのは、子爵以下の下位貴族と特待生として入学を許可されている平民であって、伯爵以上の高位貴族は各々の家で教育を終えているのが常で、学園に通う目的は将来の社交に備えた人間関係の構築というのが主である。  その入学式、わたくしの婚約者が不自然に周りをきょろきょろしている桃色の髪の女子に声をかけた瞬間、絵画のような光景が頭の中に浮かび上がる。 『ヒロインこんなに挙動不審だったかしら?』なんて考えが頭に浮かんだ。  それと同時に頭の中にわたくしの知らない私の記憶が流れ込んできた。  立ちすくんでいたわたくしを心配して友人の伯爵令嬢が声をかけてくれたおかげで我に返ったわたくしは、倒れそうになるのを踏ん張ることができた。  友人には「大丈夫」といいその場はやり過ごした。  友人は王子とわたくしを交互に見ながら、なおも心配した様子だった。  いわば婚約者を放っておいて、別の女性に話しかけている状態だから。 「放っておきましょう。何かあれば側近の方たちがお止めになるでしょう」  そう言ってその場を後にした。友人もわたくしの言葉に逆らう必要はなかったので、納得はしてそうになかったけど後に続いてきた。  ヒロインのことを思い出しながら考えていた。  ここが乙女ゲームを基にした世界で、悪役令嬢のわたくしと主人公のヒロインがいる。  ――わたくしの推しのヒロインが。 ◆◇◆◇◆  わたくしの名前はビクトリア・ロレーネ。ロレーネ侯爵家の長女で次期当主。  婚約者のアラン・オルレアはこの国の第二王子で、わたくしと結婚したらロレーネ侯爵家に婿入りする予定。  そしてヒロインはアニエス・フォロ男爵令嬢。1年前までは平民だった女性。  彼女の母親がフォロ男爵家のメイドをしており、その時にフォロ男爵が手を出した結果できた子供。  1年前まで平民として育った彼女は、最低限の貴族教育なども受けずに、学園に通ってきた。  男爵が母親譲りの美貌をした彼女を利用して、高位貴族の愛人にでもしようと考えていたのが原因。  そのため貴族子息からは『無邪気』で『可愛らしい』と映っていた。  学園には平民の生徒も通っているが、その人たちの殆どは同じ平民の人と過ごしているか、爵位の低い貴族の子女に個別のマナーを教わったりしているため、アニエスだけが学園の中でも特別浮いた存在となっていた。  当たり前のように貴族の令息に言い寄るその様からは、女子生徒からは白い目で見られ、しっかりと教育を受けた男子生徒も関わり合いにならない様に気を付けていた。  その中でも一部の男子生徒は彼女を可愛がっており、そのことを指摘した男子生徒の婚約者に対して「醜い嫉妬心を見せるな」と怒鳴り散らす場面もあった。  乙女ゲームでは最終的に『聖女』と呼ばれ、選択したルートのキャラと結ばれるエンディングだったはず……  そしてそんな『聖女』のアニエスをすべてのルートで殺害しようとして断罪されるのが、悪役令嬢のビクトリア・ロレーネ侯爵令嬢。つまりわたくしのこと。  普通に考えて婚約者に言い寄る女が悪いに決まってるんだけど、そこは乙女ゲームのご都合主義。  婚約者がいようが身分が高かろうが、攻略ルートに入ってハッピーエンド。邪魔者は文字だけであっさりと排除される。  この世界の主人公はヒロイン?  違うわ。  悪役令嬢(ビクトリア)ヒロイン(アニエス)を攻略しても問題ないでしょう?  わたくしの物語の主人公はビクトリア・ロレーネなのだから。 ◆◇◆◇◆ 「……くしゅっ」  身体にあたる冷たい風の寒さにアニエスは目を覚ました。  無意識に体を抑えようとしても腕を動かすことができないことに戸惑う。 「え? ……何!? ……ここどこ!?」  さっきまで男爵家の自室で寝ていたはずなのに、目を覚ましたら知らない光景だった。  さらに両腕は頭上に挙げられており、手首には鎖のついた腕輪が巻かれ、鎖の先は天井まで伸びていた。  薄暗い部屋の中には三角状の台座のようなものや、拘束具のようなものが並んでいた。  彼女の目の前に立つ女性を見て、アニエスは睨みつける表情になった。 「……ビクトリア。……これはいったい何なのよ……っ!?」  アニエスは宙吊りの状態でわたくしのことを睨みつけている。  その様と彼女の恰好も相まって、思わず顔を綻ばせてしまう。 「そんな恰好で睨みつけても、なんの凄みもありませんわよ」 「……恰好って……えっ、いや……っ!?」  彼女は何も衣服を身に着けていない、文字通り生まれたままの姿だった。  そのことに気付いて体を隠そうとしても腕だけじゃなく足も開いた状態で拘束されているので、隠すことができずに、もぞもぞと体だけが動いている。 「わたくし、あなたとこうして会うの初めてのはずだけど、わたくしのこと知ってるのね?」  わたくしの疑問にアニエスは恥ずかしさを忘れて怒りをあらわにして睨みつけてくる。 「当たり前でしょ! あんたは悪役令嬢! あたしの踏み台なんだから!」  と普通の人間だったら理解できない発言をアニエスは発する。  威勢はいいけど、寒さのせいかそれとも恐怖からなのか、その身体を小刻みに震わせている。  それでもこの状況でわたくしのことを力強く睨みつけてくるその瞳に、思わずうっとりしてしまいそうですわ。 「こんな事して、アラン様が黙ってないんだからね! この悪役令嬢!」  アニエスの啖呵を後目にわたくしは考えている。  今彼女は誰のルートを攻略しているのかなー……と。 「もう名前で呼ぶまでに親しくなったのね?」 「あたしとアラン様やみんなと結ばれる運命なのよ! あなたは断罪されるだけのモブなんだからね!!」  どうやらアニエスはハーレムルートを攻略中らしい。 ◆◇◆◇◆  わたくしは他にも気になったことがあるのでアニエスに聞いてみた。  乙女ゲームのヒロインとは違うらしいので、もしかしたらと思ったから。 「もう純潔はアラン様あたりにでも捧げたの?」 「まだよ! 近いうちに誘うつもりだったわ」  嫌な予感がして、行動したのはよかったみたいね。  危うくアニエスの純潔が散らされてしまうところだったわ。 「……そう、よかったわ。……わたくし以外の人間にあなたの純潔が散らされなくて」  散らした人を消す必要が無くなって、余計な労力が減ってよかったわ。ほんと。 「え……あんた何言って……」 「? いや、今からわたくしがあなたの純潔を貰おうとしてるのに、既に散らされてなくてよかったわ……と」 「あんた女でしょ。どうやってあたしの処女もらうっていうのよ」 「そりゃ魔法使ってに決まってるでしょ?」  この世界は乙女ゲームでは語られてなかった魔法の概念があった。  その中には同性同士で子供をつくる魔法もあった。  勿論――女性に男性の象徴を生やす魔法も。 「魔法? そんなの、ゲームには……」 「だめよ。乙女ゲームの攻略に夢中になって、この世界のことを勉強するのを忘れては」 「!?」  どうやらヒロインは、よくあるざまぁ系の転生者のパターンかしらね。  この世界を乙女ゲームだと思い込んで、自分に都合のいいようにヒロイン補正が働くと思ってる。  そんなだから思い至らなかったのね。  ――自分以外に転生者がいる可能性に。
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