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「これはこれは、すばらしいコレクションでいらっしゃること!」
仄暗い廊下に、二つの人影があった。
両の壁一面にかけられた絵画の群れに、感嘆の声をあげたのは、ドレスに身を包んだ女性だ。手にした扇で口元を隠しながら、早口にまくし立てた。
「誰もが知るものではありませんが……どれもこれも、奇想の画家、隠者の芸術と、好事家には垂涎の作品ばかり! オークションに出せば、さぞ高値がつくことでしょう!」
興奮を隠さぬ婦人に、手燭を掲げて先を行くメイドが、顔だけで振り返った。
「主人はいずれの作品にも、金に代えがたい価値を見出しておいでです。どの絵を手放すこともないでしょう。しかし、これらを自分だけで鑑賞するのも世の損失と思い立ち、このレストランを作られたのです」
「これは失礼。素晴らしい絵画を楽しめるだけではなく、お食事までいただけるのでしたわね。こんな森の中まで来た甲斐があるというもの。ご主人のご厚意に感謝しなくては!」
婦人の大仰な口調に、反省の色はみじんも感じられない。
「……それにしても、ずいぶんと何度も廊下を曲がるのね」
「主人の趣向です。迷宮に迷い込むような心地になっていただければと」
「なるほど、なるほど~! たしかに絵のテーマにあっていますわね!」
壁を埋め尽くす絵は、どれも陰鬱な色彩をしていた。神話の怪物をはじめ、画家が創造したらしき奇形の生物、苦悶の表情を浮かべる人々。グロテスクな様相が描かれたものばかりだ。
かつて、怪物を閉じ込めるために建てられた迷宮があったという。この建物のコンセプトは、かの神話を思い起こさせるという点ではぴったりだった。
「まぁ、迷うほどの道ではごさいませんけれど……」
婦人が付け加えた通り、角は一方向に曲がるのみ。単純に、らせんを描くように設計されているのだろう。ちょうど四回、角を折れたところで、開けた空間にたどり着いた。ここにも、壁一面に絵が飾られている。
部屋の中央にはテーブルがあり、水とメニューが置かれていた。
メイドは手燭をその上に置き、椅子を引いた。
「お決まりの頃、お伺いします」
「わかったわ」
婦人は、扇で隠した口元はそのままに、反対の手でメニューを取ったが、目だけは退室するメイドの動きを追っている。
その視線を感じたのか、メイドは足を止めて振り返った。
「ゆめゆめ、お一人で席を離れませんよう」
そこで、チラリと絵画の群れへ視線を動かす。
「……何が出てくるとも、限りませんので」
「はあい」
婦人は目を細めて返事をした。
そのまま横目で、メイドが出ていくのを確認してから、しばし──
「きひっ」
扇をパチンと閉じた。あらわになった口元には、貴婦人にはありえない、下卑た笑みが浮かんでいる。
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