迷宮美術館の最後の一枚

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 婦人は──女は、下品にもスカートをたくし上げると、壁の絵に近寄った。 「まったくまったく、金持ちの考えることはわからねえな。仕事がしやすくて結構なことだ! 無防備きわまりない!」  ニヤニヤしながら、絵を物色しはじめた。女は学こそなかったが、なぜか高値のつく絵を選び出す直感が冴えており、目利きの確かさをよく褒められたものだった。比較的、小ぶりな一枚を選び出すと、布にくるんでスカートの内側に吊り下げ、早足に部屋を抜け出した。  入り口からここまでは一本道、四回の角を曲がるだけだ。無論それは客にとっての話で、バックヤードは別にある。毎回四度も曲がってたら、料理も冷めてしまうだろう。部屋に入るやや手前、目立たない場所にドアがあったのに、女は抜け目なく気づいていた。  ここまで、他の客も守衛もいなかった。入り口まで駆け戻るだけでいい。森の中の一軒家だから、あとは焦る必要もない。簡単な仕事だった。  だが──  廊下の先の一つ目の角。床に大きな影が揺らめいていた。先程のメイドのものとは思えぬ大きさは、屈強な男を連想させる。  客が去ったあとに、守衛が出てくるシステムなのだろうか? 「きひっ、まあ、デカいやつほどノロマなもんよ」  廊下の先を気にして、小さくごちる。それに獲物はスカートの中、見咎められたら、御不浄を探して……などと誤魔化せばいい。  加えて女は、すばしこさにも自信があった。袋小路に追い詰められながら、何人もの警察官の手をかいくぐって逃げ出したこともあるのだ。 「おれにかかりゃ、たいていのやつはデクのボウよ」  一人を撒くくらいなら、簡単にできる。自信を早足に乗せ、女は、角を曲がった。  床で(うごめ)く影は、大きく、奇妙な形をしている──人の形とも、思えぬような。
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