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それは異形だった。
馬の下半身に、牛の頭。
胴だけが人間で、その背中から何十と、ありえない数の腕が生えている。
生物の在り方を無視した禍々しいさまは、さながら邪悪な異教の神を思わせた。
「なんっじゃこりゃあああ!」
その無数の腕が、一斉に女に襲いかかってくる──
かと、思いきや、
「あ……? いるだけ?」
その怪物は、女を前にしながら、襲ってくる気配を見せない。ただ背中の腕を不気味に蠢かせているだけだ。
身構えていた女は、拍子抜けした。
「まじのデクのボウかよ……」
悪態をつき、しかし気味の悪さは拭えず、怪物の眼の前をそろそろと移動する。牛の瞳に光は見えど、その眼球はピクリとも動かない。それがかえって不気味だった。動いた……と思うと、それは女の視界が荒い呼吸でぶれているのだった。
ゆっくりと移動しながら、女は、怪物の背後にある絵のひとつを見た。
絵には灰色の陰気な岩場が描かれるのみで、主題らしきものが見当たらない。そして、怪物の馬の尾は、まるでへその緒のようにその絵の中に繋がっているのだった。
女は、メイドの言葉を思い返した。
「絵からでも抜け出てきたってか? ちくしょうめ」
怪物から離れた女は、冷や汗を拭いながらごちた。
目の前には二つ目の角がせまっている。
床にはまた、何者かの影が落ちていた。たおやかな女性の身体、しかし頭部は不自然な大きさを持つ。
その頭で絡まりあって蠢くもの──まるで髪が蛇でできているかのような。
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