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「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうめ……っ」
女は森の中を走っていた。スカートが乱れるのも構わずに……貴人に化けていることなど、完全に忘れているようだ。
「あいつはな、趣味が悪いんだ……こっちが心を許した瞬間にこそ浸け込んでくる、そういうやつなんだよ……っ」
忌々しげな口調と裏腹に、その表情は嗚咽するように歪んでいた。自分が心揺れたことこそが許せないかのように、女は走りつづけた。
やがて立ち止まり、息を荒げたまま、スカートの内側から絵を取り出す。
布を取り払って検分する。女が盗み出したのは、貴婦人の胸像だ。胸元に扇を広げたその姿は、今日の女の出で立ちに、少し似ている。ただし扇を支える指には、黒光りする鉤爪がついていた。皮膚にはうっすら緑の鱗が描き込まれている。
「きひっ、ま、仕事は上々ってこった──」
下品に、しかし覇気なく笑った女の顔が、固まる。
ぎょろり、と怪物の貴婦人の目が動いたのだ。
たちまちその口が耳まで裂け、禍々しく笑う。そして絵からずるりと抜け出すと、ドレスを突き破って生えた濃緑の羽根で、暗い森の木立を上へ上へ、飛び去って見えなくなってしまった。
呆然と取り残された女の手の中で、絵は額縁ごと、ぼろぼろと崩れていった。
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