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新しい生活を目指して
私は馬の足を止めると、目前に広がる光景に大きく息を吐いた。
残念、という事ではない。
圧倒された、が正しいだろう。
「素敵だわ!天空の城ね!」
隣国との国境のようにして長くて高い城壁を持った城が峡谷に建ち、その城に守られるようにして街並みが見えるが、木々が領地を暴風や侵略者から守るように植えられて森となって茂っている。
つまり、町の周辺以外は荒地で土埃が立つだけの世界なのだから、森に包まれて高台にあるというその光景は、空に浮かぶ城のようにみえるのだ。
私は吐いた息を取り戻すようにして今度は大きく息を吸い、胸をパンパンに膨らませた。
いや、これは誇らしさかもしれない。
この町を、この私が、ミストラル教から任されたのだ。
「ああ!私はもう見習いでも、ミストラル教会のごく潰しでも無くなるのね!」
私は25歳だ。
この世界では十五を過ぎれば手に職を持つのが当たり前なので、私は世間的に見れば遅咲きすぎる遅咲きであろう。
でも、五年前まで男爵夫人をしていたのだもの、いいじゃない!
私は十六で初恋相手に嫁いだが、その初恋相手にはもともと恋人がいた。
それなのに結婚できたのは、ひとえに私が世間を知らない我儘娘であったからだろう。
私の父親は伯爵様。
蝶よ花よと育てた娘の幸せと思えば、伯爵の下位となる男爵に、拒絶を許さない婚姻を受け入れさせるぐらい訳も無かったはずなのだ。
ああ、知らなかったでは済まされないわ。
初恋の人を私こそが何年も不幸にしちゃっていたなんて、ごめんなさい。
「それでも私を一度も詰らなかったロバートは優しかったわね」
彼は私からの離縁を受け取り、私達は友好的に別れた。
私は前夫の口添えと寄進のお陰で、ミストラル教に入信してヒーラーの勉強をする事が出来るようにもなったのだ。
そして、五年の修行の後に独り立ちとなる赴任先を、私はミストラル教から与えられたのである。
五年も修行ってのが、やっぱり私が無能な印なのかもしれないけれど。
「よし、頑張るわよ!今度こそ、誰かを不幸にするような生き方じゃなくて、人を幸せにする生き方をして見せるの!」
私は右手をぎゅうっと握って自分に誓って見せると、馬の手綱を握り直し、そして、新たな希望の町へと馬を走らせた。
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