バルタザール砦と砦を守る警備隊長様

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バルタザール砦と砦を守る警備隊長様

 他国よりの侵略に対する前哨基地という前提があるせいか、町の中は荒くれが多く、また、その荒くれや砦を守る警備兵狙いの売春宿が軒を連ねていた。  勿論、町の外では畑を耕す農家もあれば、その作物を売り買いするという商人もいるので、昔ながらの町の人間は他の町と同じく普通の方々でしかなく、荒くれも売春宿関係の人々も普通の町人の生活を脅かす行為などしてはいなかった。  では、何がミストラル教のヒーラーをこの土地から放逐してしまうのか。 「問題はありませんか?リゼット殿?」  笑顔を浮かべた警備隊長に、私は、あなた以外はね、と言い出しそうになった。  この町では男爵よりも権力者だと言われている腕っぷしの良い警備隊長、つまりバルタザール砦の騎士団長様は、そこらの男じゃ太刀打ちできない見事な外見もお持ちになっている方なのである。  日に焼けた浅黒い肌に似合う真っ黒い髪はうなじにかかるような少し長めの短髪で、しかし、真っ直ぐ出形の良い鼻や秀でた額という頑強さを中和させるようにして、彫りの深い目元ではうっとりとするような深い海色の瞳が輝くのだ。  つまり、誰が見ても美男子この上ないのである。  派遣されたミストラル教のヒーラーが老いも若きも女性である以上、必ずと言って良いほどにこの男に恋をして、そして、大事な大事な神様への信仰心を失ってヒーラー魔法が使えなくなる、という事だった。  私も前例達に違わず彼の外見にほわっとなったが、ほわっとなっただけで終わったのは、私には美男子耐性があったからである。  かっての夫、日に焼けた小麦色の肌にプラチナに輝く金髪と空色の瞳を持っていたロバート様は、この目の前の騎士団長、バーレィ様に劣るどころか拮抗するぐらいの美男子でいらっしゃったのよ。  我儘な十六歳の伯爵令嬢が、父親に彼を夫にしてと強請ってしまうぐらいに。  私は子供であった自分の過去を思い出しながら、自分に惚れもしない女に興味津々で毎日顔を出してくる騎士団長に微笑み返した。 「何もございませんわ。どうしても、とおっしゃいますなら、薬草の補充が出来るか森を探索してみたいの。その許可を頂けますか?」 「俺と一緒に森を探索したいと?」  バーレィは常に私が自分に惚れないのは何故だとあからさまに首を傾げているようであるが、私の申し出を曲解して目を輝かすどころか、「こいつもか!」というあからさまな視線を返してきて私の自尊心を刺激した。  気が付けば私は、思いっきりお前の勘違いだと分かるような口調で、このうぬぼれやを潰してやりたいと一心で言い返していた。 「あらあら、私一人で大丈夫よ。この町には薬草屋が無いじゃないですか!この治療院にも常備薬と言える薬草のストックがありませんからね。森の下草に下剤となるムシャクや止血剤になるヨギぐらいは生えていれば良いなって思いましたの。それ以外もあれば尚良いのですけど。仕入れも頼みましたが、届くのはいつになるやらで。ねえ、怪我をなさった方がいらっしゃっても止血も出来ないんじゃ、心もとないでしょう?」  あら、バーレィは見るからに青ざめた。 「君は薬草に頼るのですか!ヒーラーの力を既に失われた、という事でしょうか!一体いつの間に!」  彼の言葉の、一体いつの間に、の後ろには、括弧、俺に惚れたのですか!括弧閉じる、でしょうか?  バーレィはどれだけミストラル教の聖なるヒーラーをただの女に変えて来たのかと、考えるよりも乾いた笑いが口から出て来ていた。  ついでに、私の考え無しの言葉まで。 「嫌だもう、この人ったら自意識過剰。ええと、私にはまだヒーラーの力はございますけどね、大きな怪我じゃない以上消毒して止血剤塗ってお終いでいいと私は思うのですよ。下手に細切れに魔法を使って、いざという時に使えないと困りますもの。それに、私は一人ですのよ。たくさんの怪我人病人が列を作ったら、私以外の人にも治療に走って貰わねばいけませんでしょう?」  自意識過剰の一言であからさまにバーレイはむっとした顔をした。  全く、この自信過剰男は!  だが、私の懸念を聞いた事で、彼は仕事の顔に戻して私を仕事仲間という目で見つめてくれた。  できる男ほど男女区別なく認めるって本当ね。    彼のその目線を受けた事で、私は三日目にして初めてバーレィに好感を持った。  そして目の前の自意識過剰男は、好感どころか私に尊敬までも抱かせる言葉を、しばし考え込んだあとに投げてきたのである。 「ヒーラーがいないからってね、俺達は仲間内で治療し合っていたんだよ。薬草に詳しい男がいるからね、そいつが主になって。そいつをつけよう。昼過ぎにそいつを寄こすが、構わないか?」  急にフレンドリーというかぞんざいな話し方になった偉い人に対し、私は笑顔を作ってお礼を言っていた。  あら、この団長さんたら、物凄く照れた顔をしたわよ!
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