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21 忙殺の日々、煩悩の王子
「これでは支援が足りない。もっと予算を上乗せしろ」
「ですが現状これ以上は厳しいものが」
部下の持ってきた資料をデスクに投げ出し、ルートヴィッヒは書棚にびっしりと並んだ帳簿の前に立った。
「予算の確保なら…これか…違うな、こっち…」
目的の書類が見つからず、取っては戻しを繰り返していると、横からすっと細い腕が伸びた。
「お探しの書類はこちらではないですか?」
そう言ってヴァイセ・フェーの取引一覧を出したのは簡素なドレスの上に文官のジャケットを着たレジーナだった。
「これだ。良く分かったな」
驚くルートヴィッヒに、レジーナは笑顔だけで応えた。
「この一覧にあるヴァイセ・フェーを競売にかけろ。しばらく生産は滞る。ふっかけてコレクターに買ってもらえ」
「これら全てですか!?ですがこれは貴重な骨董では?」
「文化財級に貴重な物は既に陛下に献上済だ。元々これは旧クンストドルフ伯爵が闇オークションで売りさばこうとしていたリストだ。正規に競売にかける分には問題ない」
リストにはかなりの量がある。
どれも貴重な物だが、事件以降止まってしまった生産が開始できるのはもう少し先になりそうだ。
今なら値段も釣り上がるだろう。
全て売れば足りない食料支援の分ならお釣りもできそうだった。
「いいか、工房新設のためしばらく生産されることはない。新設された工房では品質が変わってしまうかもしれないぞ?こんなこと酒場で漏らされたら一大事だな」
わざとらしいルートヴィッヒの言葉に、文官は大きく頷いた。
「ではそのように手配いたします」
意図を汲んだ部下が去ると、間を置かず別の部下が入室する。
「殿下、失礼いたします。保護した職人の件で責任者が面会を求めています」
「内容は?」
「新しい工房に配属されるのなら、待遇と職場環境の改善を求めるそうです」
レジーナが新工房の計画書を書棚から出すとルートヴィッヒに差し出した。
彼は中を数ページめくると眉をしかめた。
「なんだきちんと説明してないじゃないか。前伯爵とは違う。彼らを安心させるよう十分に説明しろと言ったのだが先週説明をしたのは誰だ?」
「担当はギルマン監督です」
ギルマンは前伯爵の時からいる職人統括者の1人。一度に人事を入れ替えることはできなかったので、伯爵逮捕後も残った役人の1人だ。
「あいつか…わかった。ジーナ、代わりに行ってくれないか。彼らを安心させてきて欲しい」
「かしこまりました。ですが最後に一度だけ顔をお出ししていただけますか?新しい領主に対して彼らも不安はあると思いますので」
「わかった。この後の会合が終わったら行こう。それともう一つ」
「なんでしょう?」
「昼食は共に。昨日も一昨日も忙しくてできなかったからな」
頬を撫でられたレジーナは嬉しそうに笑うと「はい」と答え、資料を持って退室した。
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