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生かさず殺さずの生活が10年。
レジーナは使用人と同じ内容の質素な食事の中に、今日は特別なデザートがついているのに気づいた。チョコレートとさくらんぼの小さなケーキだ。
「お嬢様、おめでとうございます」
世話をしてくれている執事が食事のトレイをテーブルに置きながらそう言った。
レジーナはそこで今日が自分の16歳の誕生日であるのを思い出した。
「そんな日だったのね。ありがとう。私がこの狭い世界で生きていられるのもあなたのお陰ね」
使用人たちは特にレジーナに関して世話の指示を受けていなかった。
ただ一つ「人前や外には絶対に出すな。関わる使用人は最低限に」とだけ伝えられていた。
レジーナは貴族の教育を受けていない。最低限の読み書きができ、物語を読むのには差し付けない程度になったのはこの執事のおかげだった。
だが人と交流のない彼女はやはり実年齢より幼く見え、常識からは遠いかもしれない。
侯爵令嬢はおろか、男爵令嬢としても通じないだろう。
彼が他の使用人よりも彼女に目をかけてくれた理由。それは彼自身も人から敬遠される守護精の持ち主だったからだ。
とは言え、多少同情の気持ちはあれど主である侯爵の目が気になり、彼がそれ以上の世話をすることはなかった。
トトト、と執事のポケットから顔を出したネズミがテーブルに降りた。そこでレジーナの守護精、プレッツェルと遊び始める。
守護降ろしの儀式の時に出会ったプレッツェルは、「誰もボクなんか相手にしないんだよ」と丸まって拗ねていた。「じゃあ私と行こう」とレジーナが拾い上げ、彼女の守護精となった。
丸まった姿はプレッツェルのようで、幼い彼女は見たそのままの名前を付けたのだ。
「そう言えば以前お読みになっていた本の続きがそろそろ出るそうです。入手しましたらすぐお持ちいたしますので」
「ホント!?ありがとう。続きが気になってたのよね。やっぱりヒロインは死んでしまうのかしら?」
部屋の中で世界を広げるには物語を読むしかなかった。
今彼女が楽しみにしているのは、少女ながら男装し、剣を持って悪を征す冒険ものだった。
冒険譚はお気に入りだが、年頃のせいか近頃は恋愛物を読むことも多い。
物語の王子は皆強く美しく紳士だが、彼女は“精悍な顔つき”も“凛々しい眉”も表現通りの想像ができない。
他者との交流がなさすぎて、像を作り上げることができないのだ。
それでも彼女は妄想した。
凛々しいってどんな雰囲気かしら。
誰からも好感を抱かれる美青年て、どんな男性?
耳に心地よい低音てどんな声?
ヒロインのその後に思いを馳せながら食事を終えると、執事は片付けて出て行った。
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