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だが娘に対する疑惑はあれど、領民に対しては可もなく不可もなくな経営をする侯爵の書類からは当然不審な点も見つからず、書類を検めるのはすぐに終わってしまった。
「そういえば病弱の娘がいたと記憶しているが」
王子にしてみればこちらが本題だ。
控えていた家令に遠慮なくぶつける。同時にその挙動をつぶさに観察した。
ふむ、さすがに動揺を見せるようなことはしないか。
家令は想定した質問だったのか、動じた様子はない。
想像した通りの…いやそれ以上の答えを流暢に返してきた。
「レジーナお嬢様を覚えていただいているとは、主に代わりましてお礼を申し上げます。お嬢様はご存じの通り伏せっておいでですが、心も弱ってしまったのかなかなか部屋から出ようとはいたしませんーー
――使用人が近づくのもあまりいい顔をなさらない始末。お医者様も匙を投げてしまい、旦那様も奥様も、そして姉のマリアンネ様も気に病んでおられます」
よく喋るな、と思った。
とにかく自分に「会おう」という気を持たせまいと努力している、そう受け取れた。
「伏せったままでも良い。挨拶くらいできないだろうか」
「申し訳ございませんルートヴィッヒ殿下。意に沿わないことがございますと、その後しばらく病状が悪化してしまうことがございまして」
「ふむ。では致し方ないか。だが寝たきりでは体も弱ってしまうだろう?」
「ええ、ここ数日はずっと伏せったままですので、心配でございます」
なるほど、やはり会わせたくはないのか。そう思った時、裏庭から威勢のいい声が聞こえて来た。
騎士団の訓練が始まったらしい。
「おお。ゼーレンベルク家の騎士団か。こちらは見学しても構わないな?」
家令は話題がお嬢様から騎士団に移り内心安堵の溜息を洩らした。
「はい。それはもう是非に。騎士団も殿下直々の視察とあれば士気も上がりましょう」
騎士が訓練している裏庭に案内されると、気づいた騎士たちが一斉に敬礼をした。
王子が「気にしないでくれ」と言うと、騎士たちは緊張したまま訓練に戻る。
彼らの様子を見つつ、屋敷を見上げた。
こちら側に見えるのは家人やゲストルームとは違う部屋だろう。裏庭は訓練に使われるだけあって見せるための花壇があるわけではない。
同じ見た目の窓が並ぶ中、一つだけ気になる窓があった。
あれは鉄格子か?
はっきりとは見えないが、内側に鉄格子のはめられた窓がある。
しかもそこには人影らしいものまで見えた。
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